第21話――訓令


「どうしてです!」


 九十九つくもは思わず部長ぶちょうに向かって声を荒らげた。


 頭が禿げ上がり眼鏡をかけた六十代くらいに見えるその上司は、九十九の反論をあっさり退しりぞけた。

 

「遺体から薬物反応もなければ、他殺の痕跡も見当たらない。村上加絵むらかみかえに関しては、捜索願も出ていない。それにあの由良ゆらという男。亡くなった山下正美やましたまさみの話では、彼から被害は受けていないという話じゃないか。警察の関与する余地はない。この件に事件性はないとの上の判断だ」


 白川しらかわ部長は座ったまま銀縁の老眼鏡を外した。

 

「捜査は打ち切りだ。お前らも久しぶりに早く帰れ」


 そう言って立ち上がると、傍にかけてあった薄地で焦げ茶色のコートを羽織って部屋を出て行った。


 松村まつむら狼狽うろたえた様子で九十九つくもの方を向いた。


「クソッ!」


 突然、机に振り下ろされた九十九の拳に、松村は思わずビクついて肩を強張らせた。


 九十九は取り乱した自分を必死に抑え込むように、椅子にもたれかかった。


 額に手を置き、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせようとした。


 しかし山下正美やましたまさみの最期の表情が、いつまで経っても頭から離れず思わず目を閉じた。

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