第15話――助言


 取調室のドアが開いた。


 九十九つくもは入ってくるなり、立ったまま由良ゆらにらんで口を開いた。


「……山下正美やましたまさみが、入院先の病院で亡くなった……」


 由良は信じられないような顔つきで九十九の顔を見つめた。

 

「そ……そんな……」


「あれは、何なんだ! 彼女は……みるみるうちに……」


 九十九は咄嗟に言葉をみ込んだ。

 ついさっき、まさに自分の目の前で起きたことが、まだ受け入れられない様子だ。

 

「……彼女だ……」


 由良は宙を見つめながら、呆然とつぶやいた。

 

「だから、それは一体誰なんだ!」


 九十九が思わず怒鳴りながら両手を机に叩きつけた。

 由良も触発されるように、苛立ちを露わにした。

 

「わからないんです! 探ろうとすると、に邪魔をされる……!」


 ふと、思い出したように由良は顔を上げた。

 

「……鞄の中に、何が入ってました?」


 訊き返すと、九十九は意表をつかれたように言葉を詰まらせた。

 

「……あ……ああ……特に何も変わったものは……。化粧品や財布……顔剃り……。あと、……底に小石みたいなものが……」


「……小石?」


 その単語に、由良が鋭く反応した。


「ああ……。何の変哲もない、ただの石だ」


 由良の表情が途端に険しくなった。


「……それに、触れたんですか?」


 九十九は咄嗟に思い出そうとした。

 

「いや……触ってないはずだ……のぞいただけで……。そのまま出した物を元に戻した……! そういえば……」


「……何です?」


 由良が目を細めたまま問い返した。


「鞄を閉じた後に、彼女が奇妙な事を口走っていた……」


「……何と?」

 

「『』と」


 由良が目を見開いた。


「でも、周りには誰もいなかった……。そっから先は……」


 九十九が口をつぐむと、由良が彼の顔をジッと見据えながら言った。

 

「……見えたんですか? が」


 九十九は由良の目を見つめ返した。


 視線をらすと、椅子を引いて、彼の向かいに腰を下ろした。

 由良の方に顔を近づけ、声を潜めながら言った。


「俺しか見えてなかった……。彼女は、両耳を抑えていたはずだ……。でも……いや……! こんなのは、常軌を逸してる!」


 一旦、言い掛けた言葉を思わずしまい込む。

 必死に気を持ち直そうと、肘をつきながら両手で額を抑えた。

 息を大きく吐くと言った。

 

「肩に……手が……」


 由良は目を開いたまま、黙って続きを聞いた。

 

「その手が、彼女の目を開けて……それから……」


 必死に興奮を抑えるように言葉を止めると、再び口を開いた。

 

「肩に……が……! でも、こんなことありえない!」


 その記憶を必死に振り払うように首を横に振った。

 

「……ように、なってるんですね」


 由良が刑事の目を凝視しながら言った。

 九十九は思わずギョッとした。


 その時の光景がありありと蘇ってきた。

 彼は宙を見つめながら呟いた。

 

「彼女が倒れた後、……悲鳴にも似たが」


 由良の表情が再び鋭く反応した。

 九十九は惑いながら続きを話した。


「背中が凍りつくような悪寒を感じた……あれは……あれは、一体何なんだ! 背後に立っていた、あの女は!」


 由良は何か探るように九十九の顔をマジマジと見つめると、漏らすように口を開いた。

 

「刑事さん……。こんなこと、私から言われたくないかと思いますが……」


 九十九が我に返るように由良を見つめ返した。

 

 「……何だ?」


 を置くと、由良は言った。


「もう……あなたはこの件に関わらない方がいいかと思います」


「……何だと?」


 遠慮のない助言に、九十九は思わずしゃくに障るような声を出した。

 由良は眉をひそめたまま話を続けた。


「あなたは、の顔を見ています。彼女も、おそらくそのことに気づいています。そして、あなたに少しずつですが、を持ち始めているかもしれません。これ以上関わると、もしかしたら……次は、あなたが……」


 九十九は目を見開いたまま、軽く唾を呑み込んだ。

 由良の声からは、本当に心配している様子が感じられた。

 

 九十九は落ち着かない様子で体を後ろに反らし、背凭せもたれた。


 互いに見つめ合ったまま、両者の間に沈黙が流れた。

 

 すると、こらえ切れないように九十九が立ち上がった。

 彼は由良を見下ろしながら言った。

 

「……最近、同じような死に方をした女性がいる。俺の勘が正しければ……、明らかに、の仕業だ」


 由良のいさめるような制止の表情を振り払うように、九十九は語調を強めて言った。


「事件の関連性があれば、調べるまでだ」


 九十九はそう言ってドアを開け、足早に取調室を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る