第10話――過去の幻影
「……」
表情を変えず、
これは刑事に対する挑発だ。
ただこの男は取調べを妨害したいだけだ。
「……え? もしかして……探偵ってそっち系?」
九十九は必要以上に声を高くした。
あたかも意図的に相手の自尊心を刺激するかのように。
明らかに面倒臭がる雰囲気がはっきりと伝わるように顔を
しかし相手はその皮肉を全て予想していたかのように、表情を変えず正面から受け止めた。
「ええ。そうです」
一呼吸置くと探偵は言った。
「あなた、自分の能力に気づいていないんです」
まるで掘り返しても何処までも根を張る雑草のように話題を変えようとしない探偵に対して、九十九は少し揺さぶりをかけることにした。
「え? ……何? その……君は、まさか、見えたりするわけ? ……幽霊が……?」
明らかに
「ええ」
由良はその
すると九十九は監視カメラの方を向いた。
カメラの向こうで見ている後輩の
画面越しにその光景を見ていた松村刑事は、昼休憩にとれなかったカップラーメンをすすりながらカメラに向かって無言で同情した。
気を取り直すように九十九は椅子を引いて座り直すと、あっさり話を元に戻した。
「
由良もさすがに自身がくどいことに気付いたのか。
折れたように視線を机に落とすと素直に答えた。
「メールの遣り取りで、向こうから依頼を。おっしゃるとおり、いつもそっち系の悩みを抱えている人の相談を」
由良が刑事の皮肉を敢えてそのまま返すように強調しながら言った。
「それで……? 相談に乗るとか言って、手を出しちゃった?」
九十九は鉄仮面のごとく表情を動かさないまま、サラッと淀みなく毒を吐いた。
由良が過敏に反応したように顔を上げた。
「……! 出してませんよ!」
思わず前のめりになりながら必死にその
由良の取り乱した反応を、驚いた様子もなく九十九は眺めた。
あたかも、その返しを計算していたかのように。
「じゃあ……何してたの? あんなところで?」
由良はまた
数秒間つぐんだ後に、言いづらそうに口を開いた。
「……
また取調室が沈黙に包まれた。
「じょ……」
九十九は思わず言葉を詰まらせた。
今度は両目を大きく開いたままカメラの方を向いた。
画面の向こうの松村が思わず口に入れた
九十九はゆっくりと由良に向き直った。
「除霊? ……ほう。じゃあ、今も……その、見えるわけ?」
九十九は明らかに関心を装うように問い返した。
由良は上目遣いで顔を上げると言った。
「ええ……まぁ」
過剰に驚くように九十九は目を見開いた。
わざとらしく背後を振り返ると、由良に向き直った。
「……え? じゃあ、俺の周りにも何かいるわけ?」
両手を広げて大げさなジェスチャーで半ば面白がるように聞いた。
「ちょっと、やめときなさいって」
監視カメラ越しで見ていた松村が麺をすすりながら呆れるように呟いた。
由良は刑事の挑発を涼しい無表情で受け止めながら言った。
「ええ。でも、誰しも何かしらの霊はついています」
九十九は驚いたように両目を開いたまま、不自然な
「……マジで? いるの? 今ここに?」
九十九はまた背後を見渡した。さり気なくカメラに向かって
「……誰が、いるわけ?」
九十九は笑いを必死に
由良は刑事のその
「……特にクライアント以外の人には敢えて教える必要は。あなたにとって何も害のある方ではありません」
由良は九十九の背後をちらっと見ながら、また視線を下に落として言った。
すると九十九は、まるでその現場を抑えるように、
「そう言われると、余計に知りたくなっちゃうねぇ。これだな」
目だけは笑ってない笑顔で不意をつくように返した。
「……え?」
由良は思わず顔を上げた。
「君さぁ、見た目によらず、やり口がそれそのものだよ。知らず知らずにこう……引き込んでいく話術」
九十九は、さっきまでの驚きが全て偽りだった事を露骨に示すように冷めた表情に戻して言った。
刑事のその攻め方に気づいたように由良は溜息をついた。
「もういいです……別にこんなこと、強制じゃないですよね?」
由良は相手を見ないで諦めるように
「まぁ、そうだけど……」
予想より探偵が簡単に折れたのを見て、九十九は少し拍子抜けたように口ごもった。
「……で? ……俺の後ろにいる人って?」
「あんたが引き込まれてるだろ!」
モニター越しに松村刑事が
由良は困惑した表情を九十九に向け、
「いえ、だから……。知っても知らなくても同じです。彼はあなたのことを悪く思ってはいないので」
少し面倒くさがるように答えた。
「……彼?」
九十九の表情に少し真剣味が加わった。
「……え? 野郎が俺の背後についてるっていうの? 名前は?」
「ちょっと、ちょっと……! マジですか? 九十九さん!」
隣の部屋の松村が思わずモニターに向かい身を乗り出して言った。
由良は冷静な語調のまま気の進まない様子で答えた。
「……名前まではわかりません。……五十代くらいの……、いや……子供です……」
由良は九十九の背後をじーっと見つめ直した。
「五十代くらいの……子供……?」
九十九は、わざとらしく落胆したように肩を落とした。
由良はそのイジりを完全に無視しながら刑事の目を見据えて言った。
「ええ……。生きていれば、今、五十代ぐらいかと……」
由良はこの部屋に入って初めて
途端に九十九の表情から、笑みが消えた。
「…………それで?」
由良は目を閉じたまま、
「その人は、あなたに対し……」
何かを探るように言葉を
九十九の顔つきは、すっかり険しいものに変わっている。
「……なんだ?」
由良は目をゆっくりと開けると、刑事の右後ろに立っている子供と目を合わせて言った。
「大切に思ってました」
九十九は思わず後ろを振り返った。
取調室の壁と、秒針のある時計が目に映るだけだった。
九十九は真顔のまま由良に向き直った。
「……ふ―ん……それで……?」
再び机に肘をつき、両手を組んで問い直した。
由良はその威圧に一切動じずに、しっかりと目を合わせながら言った。
「それだけです。何か、心辺りは?」
両者無言の
由良はさらに言い添えた。
「小学生低学年くらいの子です」
九十九の目が一瞬開いた。
双方が黙り込んだ。
数秒の
「……知らねぇな……」
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