第9話――刑事と探偵


 取調室のドアが開き、由良ゆらは座ったまま顔を上げた。


 ガタイのいいその強面こわもての刑事はファイルを持ちながら、ゆっくりと目を合わせず向かいの席に腰かけた。


 そのゴツい体に似合わず老眼なのか、眼鏡をケースから取り出してかけた。

 黙ったままファイルをめくりながら、ずっと視線を下に向けていた。無言で書類を見ながら、軽くうなずいている。


 由良は戸惑いながら、うかがうように前のめりに首を伸ばした。


 すると、それをさえぎるように刑事は勢いよくファイルを閉じた。


 由良は驚いたように身をのけぞらせ、目をしばたたかせた。


 刑事はようやくゆっくりと顔を上げ、目を合わせた。

 

 少し目を開き、静止したままじっとこちらを見ている。

 その表情は、驚きと見せかけた威嚇いかくにも見える。


 彼は視線を落としファイルを置いた。

 眼鏡を外し、ゆっくりと両肘りょうひじを机につき、両手りょうてを組むと、口を開いた。


「……被害者との関係は?」


 九十九つくも刑事は言った。


「……彼女は依頼人です」


 由良はうつむきながら答えた。


「依頼人?」


 刑事は眉をひそめた。


「私は探偵で、その……彼女の容体は?」


 由良はそわそわしながらたまらず顔を上げた。


 九十九はそんな彼を怪訝けげんな表情で観察するように見つめた。


 を置くと、椅子にゆっくりともたれながら言った。


「……今のところまだ意識が回復していない」


 由良の顔色に戸惑いが見えた。


 刑事はその表情の変化を事細かに観察するように見つめ返した後、再び質問した。


「一体、彼女に何をしたんだ? 担当医によると何が原因かわからないそうだ」


 由良は狼狽うろたえ気味に視線を下に落とした。

 が、思い出したようにすぐに顔を上げた。


「あ……彼女のカバンです!」


 九十九が不意をつかれたように両目を開いた。


「……何だって?」


 由良は前のめりになって尚も言った。


「彼女のカバンの中のものが何かを妨害してるんです。……あれを処分しないと……あっ! 決して直接それに触れないでください! 絶対に!」


 九十九刑事はまるで珍しい動物を見るような目つきで由良の顔をマジマジと眺めた。

 

 しばらく黙り込んだ後、凭れたまま腕を組むと由良の顔をジーッとまた見つめ直した。


「普通の探偵じゃないよね?」


「え?」


 由良が意表を突かれたような声を上げた。

 九十九は、由良の目を見据えたまま言い添えた。


「あ、いや。君、なんというか……探偵にしては雰囲気だから」


 由良は前のめりな自分に気付き、それを恥じるように上体を元に戻しまた下を向いた。

 九十九は続けた。


「何をビクついてる?」


「……はい?」

 

 由良が頓狂とんきょうな声とともに思わず顔を上げた。


「まるで、誰かにおどされてるような顔だな」


「え?」


「いつからにつきまとわれてる?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に、由良はまばたきを繰り返した。


「あ……あの……何の話を?」


「君、見た目が華奢きゃしゃだから、カモにされやすいんだね。どこかの半グレにでも目をつけられたのか? 身の丈に合わない探偵なんてするから……その様子だと、部屋に籠もりきりのようだな」


 その言葉に由良が鋭く反応した。


「……なぜ、その事を?……」


 突然、九十九の頭の中にある印象が浮かび上がった。


(……赤いリボン……?)


 刑事のその様子に気付いた由良の動きが完全に止まった。

 彼は驚いた表情で、その強面こわもてをマジマジと見つめ始めた。


「……俺の顔に何かついてるか?」


 表情だけの威嚇を続けながら九十九がつぶやくように言った。


「……もしかして今、?」


「は?」


 九十九は思わず眉を寄せた。


「……みえる?」


 由良の挙動不審な観察は続く。


「……何だよ?」


 九十九は思わず面食らい露骨に気持ち悪がるように少し首を反らした。


 すると、由良は確信を持ったような顔つきで言った。


が、思い浮かぶんですね」


 取調室に何とも言えぬ沈黙が流れた。


 双方とも目を合わせたまま黙り込んでいる。


 まじろいだ後、我に返ったように九十九が口を開いた。


「……ビジョンって? 何の話だ?」


 九十九のその様子を見て、由良は何かに気付いたように、勝手に独りで頷き始めた。それを見た刑事の眉間のしわが更に深くなった。


 由良は言った。


「一般的に『ひらめき』という括りでまとめられて、多くの人が気づかないまま人生を終えていくんです。でも、断言できます。あなたもです」


 また室内が静まり返った。


 エアコンの弱々しい風の音だけが耳に入ってくる。


 部屋の外で、その様子を監視カメラ越しに見ていた松村まつむら刑事の動きも完全に固まっていた。


 啞然としていた九十九は頭の中で言葉を選びながら言った。

 

「……ひょっとして……超能力ちょうのうりょくとか、そういう話?」


 声を潜めながら、九十九はに敢えて目を大きく開いて言った。


「ええ」


 由良は全く躊躇ちゅうちょもなしに即答した。


 また数秒のが、両者の間に流れた。


「……ふっ」


 その静寂を自ら破るように、九十九は鼻で息を鳴らしながら下を向いた。


 口元にほくそ笑みを浮かべながらゆっくりと顔を上げた。


「……何言ってんだか」


 呆れるように溜息をついて首を横に振ると、再び机に肘をついた。


「話をらすな」


 そう言って刺すような視線を由良に真っ直ぐに向けた。


 てっきり怯むかと思いきや、探偵はその眼差しを真正面から受け止めて、毅然きぜんとした表情で言い返した。


「何故、の事を?」


 探りだった。


 この刑事が見たものが、何なのか?


 それを確かめるために、彼が自分の過去にまつわるキーワードをランダムに投げかけた。


 一瞬、刑事の両目が大きく見開いたのがわかった。


「……何だって?」


 心の内を読まれ、狼狽うろたえているのがはっきりとわかった。


(やはり、そうか……)


 どちらが取調べをしているのか。


 その奇妙な様子をスクリーン越しに松村刑事が固唾かたずを呑んで見ていた。


 九十九は警戒しながら眉をひそめたままだ。


(このガキ……)


 動揺を悟られないよう、九十九は咄嗟に表情を元に戻し強引に本題に戻すように言った。


「それより、彼女が倒れていた真相を教えてくれ」


 しかし刑事の質問を完全に無視するように、由良は言葉を被せた。


「それ……ですよ」

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