第2話亡くなった母の邸宅に夫が「自分の家族を住まわせないと離婚だ」
私は悲しみにくれていた
最悪の母が亡くなったのだ。
私は工藤ナオミ25才
もう四十九日まで来たのに
淋しさは薄れない。
父が10年前に他界し
キョウダイのいない私には
母だけが肉親だった。
天涯孤独と言う古めかしい言葉が
私を1人である現実から逃してくれない。
「行ってくるよ」
そう声をかけてきたのは
夫のケイイチだった。
玄関まで付き添いドア越しに見送る。
「行ってらっしゃい」
結婚し3年が過ぎ子供はいない。
夫は私の実家がかなり大きな家なので
母と同居してきた。
母が病になり入院し
亡くなるまで付ききっりでも
何も言わずにいてくれた。
おかげで看護に集中できて
夫には感謝している。
ただ、葬儀の時も、その後も
夫の態度は淡白に思えた。
たとえ自分の肉親でなくても
少しは哀悼の念が出るものではないかと
思うのは私のエゴだろうか。
私は大学卒業と同時に結婚したので
外では働いた事がない。
夫は3つ上で大学の先輩と後輩だった。
専業主婦である私は日々
少しでも夫が家で快適である様に
家事にいそしんでいた。
それと母が健在の時は二人の関係が
良好である様に気を使っていた。
ただ母が入院してから夫は
少しずつ変わっていったように思った。
それまではどこか婿としての
立ち振る舞いに感じられたものが
少し横柄なくらいに主と言う感じを
出してきた。
それは決して悪いことではないが
何故か違和感を感じていた。
母が入院で不在となってから
夫は自身の母親と妹を家に呼び
泊まらせる事が多くなっていた。
私は母のいない時、まして
体を悪くし入院している時に
そうした事をする事に
不快感を感じた。
母が亡くなるまでの一か月ほどの間
私が家に居る事が少なかったとは言え
家にあるものを好き勝手に使っている
気配が嫌だった。
一度母の部屋に入った時
誰かが入った形跡があり
さすがにそれはと思い
夫に尋ねた所
誰もそんな事はしないと言われ
それ以上は言えず元々は母の部屋に
備えつけだった鍵を閉める事にした。
「ただいま」
主人が帰宅した。
時計を見ると珍しく定時上がりだ。
「めずらしいね
定時に終われたの?」
私は慌てて食事の支度をした。
いつも残業で晩御飯は
お互い1人で取ることが多いので
二人で向かう合う食事は久しぶりだった。
食事が終わり私が片付けを済ませると
夫から声がかかった。
「ナオミ、話しがあるんだけど
こっちへ座ってくれる」
そういって向かいのソファを指さすので
言われるままに腰掛けた。
「ナオミのお母さんも亡くなって
もう日も過ぎて
そろそろ普通の生活らしくしても良いと思う。
それで以前から考えていたんだけど
この家は結構広いし部屋数もあるだろ
だからさ、うちのお袋と妹をここで
住まわせたいんだけど、って住まわすつもりだ」
と夫が一方的に宣言してくる
私はその突然のことに驚いた。
「ちょっとまって、そんな急に言われても」
「別にいいだろ?
これまでも時々ここで寝泊りしているのだし」
「それはあなたが勝手にそうしているだけで
私はいつも何も聞かされていないから」
「何?不満なのか?
俺の家族を住まわせることが?」
夫は不快感を露わにしてくる。
私は念押しするように言った
「それについては考えさせてよ」
「何を考えることがあるんだ?
俺の家族が来ることが不満か?」
と夫が矢継ぎ早やに言ってくる。
「だから考えさせてって言ってるじゃない」
「なんだよそれ?
それは自分がここの名義人だって言いたいわけか?
それだって夫婦なんだし夫である俺に名義も
替えてくれるだろ?当然」
と当たり前のように言ってくる。
「えっ?どうして?
ここは私が母から譲り受けたものよ」
思わず夫の言葉に拒否反応が出てしまった。
「おいそれはないだろ!」
とテーブルを強く叩いて苛つきを見せてくる。
「こっちは親もいなくなり肉親のいないおまえのために
俺の家族も入れて賑やかなになればと思っているんだぞ」
「だから、待ってっていってるでしょ」
私も強めに否定すると
夫は険しい顔で私を睨む。
「おまえはどうも俺の家族が
好きではないんだな?
この間もおまえの母親の部屋が
鍵かかっているって言ってたし、
それって俺たちのことを信用してないってことか?」
「ちょっとまって?
どうして母の部屋の鍵が閉まっているって知ってるの?
それって部屋を開けるようとしたってことでしょ!」
思わず夫を問い詰めてしまった。
「なんだおまえ、やっぱり俺たちを
信用してないじゃないか。
元々、お前の母親は俺のことを
いつも冷たい目で見ていたんだ.
なんか信用されてないって言うか、
見下しているっていうか
俺はそれが腹立ってたんだ。
おまえはいつも自分の母親につくしな。」
「誤解よ、そんなことはないわ」
「もういいそんなことは、もうどうでもいい
死んじまったしな
それよりお袋と妹はここに住まわせるからな.
それと、俺ら家族は5日ほど旅行いってくるからな
その間に受け入れる用意しとけ」
夫はあくまでも一方的だった。
専業主婦で働きに出た事のない私を
馬鹿にしているのだろう。
旅行に行く当日の朝に夫は
私に1枚の用紙を差し出した。
夫が記入済みの離婚届だった。
「よく考えろ、ここから俺たちがいなければ
たった1人になるんだぞ。
俺の家族を受け入れなければ離婚だ。
わかったな」
夫はそれだけ言って家を出た。
母は親類と疎遠で付き合いはない。
だから頼りになる人がいない私は一人と言える。
夫はそんな私を見て働いた事もなく
頼れる親戚もいないと判断して
離婚などできないと
強気な態度に出ているのだ。
私は生前病室の母から
言われている事があった。
「私が死んだ後の彼の様子をよく見ておきなさい
もし、ナオミの言うように優しい人なら
それでいい。
でも私の言っている事が正しいと思ったら
今から言う事を実行しない」
そう言って教えられた事がある。
彼の本心を知った今だからこそ
母の教えを実行する事にした。
数日が経ち、
旅行から戻った夫から
携帯に連絡が来た。
「もしもし」
「ナオミ、どう言う事だ!
家に帰ったら売り家の
看板が立っているじゃないか」
「ええ、そうよ売りに出したから」
私はあるタワーマンション上階のベランダに立ち
街の景色を眺めながら夫、いえ元夫に説明した。
元夫なのは離婚届を渡されたその日に
提出したからだ。
自宅の売り家の看板は翌日に
母から教えられていた不動産屋に
連絡を取り、立ててもらった。
私は母が投資で持っていた
マンションに引越し
元夫の物だけを
彼の実家に帰る日指定で送った。
「本当に出すやつがあるか!」
「私は1人ぼっちで出せると思わなかったんでしょ」
その後も元夫はうるさく言っていたが
強引に割り込む様にして
「後何かあるなら弁護士に言って
後でそちらに連絡いれてもらうから」
それだけ言って電話切った。
元夫が驚くくらい思いきった事ができるのも
母が生前やっていた投資のお陰だ。
元々才があったのか次第に資産が増えて行った。
父が亡くなった後も生活に困らなかったのも
母のお陰だ。
その母から私はかなりの金額を引き継ぎ
不動産投資として持っていたマンションにも
住めている。
今度の事も母が先を見越して
手を打ってくれていたから
私は母の顧問弁護士に
電話するだけで済んだ。
元夫は私にどれだけの
財産があるか知らなかった。
だから母がいなくなって手の平を返した
その事で私の気持ちは一気に冷めたのだ。
彼は私の居場所さえ知らない。
弁護士によると
元々母親たちが住んでいた狭い借家で
生活をしているらしい。
私は母が書き残してくれた
投資ノウハウのノートを見ながら
負けないようにやっていこうと思っている。
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