【豚飼い王子】後日談

 昔々、ある帝国に大変美しいが我儘なお姫様がいた。隣の国の王子は彼女に一目惚れし、数年に一度しか咲かない薔薇と、世界中の歌を紡げるナイチンゲールを贈ったが、生き物が嫌いなお姫様に断られてしまった。


 そこで王子は豚飼いに変装して帝国の城に雇われ、珍しい玩具を作ってみせたところ、たちまちお姫様の興味を引いた。どうしてもと欲しがる彼女に、キスしてくれないと譲れないと突っぱねると、最終的にお姫様はこれを受け入れた。

 そして八十回目のキスの最中に皇帝にバレた二人は、城を追い出されてしまったのだった。


「私はなんてかわいそうなのかしら。こんな事になるのなら、あの王子様の求婚を受け入れていればよかった」


 豚飼いについて歩きながらお姫様が文句を言うと、王子の国の門まで辿り着いた時、彼はその変装を解いた。


「君には失望した。美しい王子からの素晴らしい贈り物の価値も分からず、くだらないガラクタのために卑しい豚飼いに唇を許すのだから」


 王子はお姫様を放り出し、門を閉めさせてしまった。彼女は今でも一人で『かわいいオーガスティン』を歌っている事でしょう。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 これは、そんな【豚飼い王子】の続きの話。


 ピグマリオン王国では、結婚式が中止された事で騒ぎが起きていた。参加者や新聞記者に口止めし、花嫁は偽物でそれがバレたから逃げられたという事にしたけれど、完全に封じ切る事はできない。

 女をバカにしていると怒る者、我が国の至宝を踏みにじったと憤る者、意見は様々だったが、帝国との同盟と共にロジエル王子の即位の話まで白紙に戻るほどの事態となった。


 だが彼は自ら王位継承権を放棄し、親族のヘンリーに全てを押し付けて旅に出た。帝国の姫君を手に入れるために豚飼いにまでなれる男だ、本物のカトリシア皇女を今度こそ探しに行ったのだろう。もちろん王国の者によって度々連れ戻され、時には幽閉という手段を取られた事もあったのだが、すぐに脱走してしまうので護衛を兼ねた追跡者をつけた上で泳がされる事になった。

 カトリシア皇女が逃がしたナイチンゲールは、何故か城内に戻ってきていた。が、鳥籠にいる間はストレスからか『かわいいオーガスティン』しか歌えない。結局は解き放たれ、中庭の木の枝でさえずっている。


 ヘンリーは責任を取り、仮の王太子としてイライザを娶ると、改めて帝国と同盟を結び直せるよう立ち回った。同時に王子を暴走させた元凶の皇女の行方も追わせているのだが、これは王子の身柄を確保するためでもある。しかしピグマリオン王国はおろか帝国にまで捜索の手を伸ばしても、肝心のカトリシア皇女をついに見つける事は出来なかった。

 噂では復活した魔王の娘が皇女を攫い、行方を晦ます魔法をかけているらしいのだが、真相は定かではない。また、ダンジョンに近い街にカトリシア皇女が欲した料理の店がいくつか見受けられたのだが、そのどれにも『豚骨ラーメン』なるメニューは存在していない。



 ドラコニア帝国では隣国の結婚騒動の後、カトリシア第一皇女の死が発表された。騒ぎを好まぬ彼女のために、葬儀はひっそりと行われたらしい。気落ちしたせいか、皇帝は前皇后の部屋に訪れる頻度が増えた。

 そんな中、第一皇子のルクセリオンは姉を想ってよく手紙を書くようになった。何故かその届け先は、血の繋がらない義母である前皇后の寝室にある机の引き出しなのだが。


「義母上なら姉上に届けてくださるでしょう?」


 そう言って微笑んだ彼の無邪気さ、いじらしさに誰もが涙した。しばらくして、それに触発されたのか皇帝も倣うように娘への手紙を書いた。天国で誰かと結ばれたという想定で、彼女が好きだった玩具やベビー服を差し入れるほどの気合いの入れようだ。

 前皇后の部屋を掃除するメイドは、誰かがこっそりこの部屋を使っている事も、備品が盗まれている事も気付いていたが、皇帝より直々に「部屋の異変を見つけても口外せぬように」と命じられているので、今日も大人しくベッドのシーツを真新しいものに取り換えている。



 それからさらに時が経ち、ルクセリオンが即位してドラコニア皇帝となった時代。疫病が大流行したが、皇帝は見事にこれを治めてみせた。帝国中の鼠を駆除し、四種類のハーブを漬けた酢を用いた殺菌によって、被害は最小限に抑えられたのだ。

 人々は皇帝がどこからこの知識を得たのか不思議がったが、彼は決まって冗談めかすだけだった。


「余の知恵の全ては、姉上から賜った宝だ。天国? いいや、地獄かもしれない。ただ姉上にとっては、どこにいようと楽園に変わりはないだろう」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「こうしてお姫様は宝を手に入れ、王子様といつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


 子供たちに読み聞かせていた母親が、パタンと絵本を閉じてデッキチェアから起き上がる。近頃お腹が大きくなっているので少し辛いが、慣れたものである。


「えー、もう終わり? つまんなーい」

「またチャンバラの続き、しようぜ!」

「ダメよ、もうお昼なんだから。一旦戻りましょう」


 揃いの帽子を被らせた子供たちと手を繋ぎながら、母親は日陰の奥へと入っていく。


「ねぇみんな……大人になったら何がしたい?」

「俺、父ちゃんみてぇなラーメン屋になりたい! そんで父ちゃんよりうめーラーメン作るんだ」

「僕は発明家になって、魔界のアイテムを使った魔道具を開発したいな」

「俺は冒険家! 強いやつらとパーティー組んでダンジョン攻略だ!」


 次々に夢を語る頷きつつ、母親は小さな女の子に語りかける。


「あなたは、この絵本みたいに素敵な王子様と恋がしたいんだったわよね?」

「うん、でも……おかあさんがおとうさんといる時、とっても幸せそうなのを見てたら、王子さまじゃなくてもいいかなって」


 女の子の呟きに、クスッと笑って母親は目前の建物を見遣る。小さくて可愛らしい、夢のような家。豚骨スープの匂いが漂ってくるあたりムードに欠けるが、愛する人が家族のために作って待っていてくれている。きっとチャーシューは大盛りだろう。

 それでも子供たちも大きくなってきて、そろそろ自分だけの部屋が欲しくなる頃。また家族も増えるし、建て直しを提案すべきなのかもしれない。


「そうね、たとえ名乗るほどの者じゃなくても、お互いを一番の宝物として大切に思える。そんな相手こそきっと、あなたの王子様になるでしょう」



【終】

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名乗るほどの者ではございませんが、チャーシューは大盛りです 白羽鳥 @shiraha

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