仕切り直しのプロポーズ
地面に描かれた巨大な魔法陣から、ホルンに乗った二人はビュン!と飛び出してきた。魔法によって開かれたゲートなので、池に飛び込んだはずなのに全員濡れていない。ホルンから降りたコールは、素早く足で魔法陣の一部を消す。ロジエルたちが追って来れないようにするためだ。
「ここは……?」
「ピグマリオン王国から遠く離れた無人島だ。客の中には遭難者もいてな、野生のトドキ草を使って救助要請が来た事もあるんだよ。さ、降りて」
カトリシアの手を引き、魔法陣が描かれた洞窟を抜けると、眩しい太陽の光に照らされる。見た事もない植物と、広い砂浜。コールの言う通り、この島には他に誰もいなかった。
「カトリシア、俺たちはここに拠点を移そうと思う」
「ええっ!?」
「皇帝はああ言ってたけど、心変わりをしないとも限らないし……何せたった一人の娘だ。それに、ロジエルがこのまま引き下がるとも思えない」
手を繋いだまま遠くを見つめるコールに、カトリシアの胸は痛くなる。パガトリー家はグルタの夢であったラーメン屋を営んでいた。自分さえ来なければ……と罪悪感に胸を痛める。
「ああ、勘違いすんなよ? ラーメン屋を辞めるわけじゃないし、村にある敷地もそのまま残しておく。ただ住居を移すだけだ。メインの魔法陣さえあれば、どこにだって行けるんだからな」
俯いたカトリシアの手を、きゅっと強く握りしめる。もう心を痛める必要もない。どこへ行こうと彼女の自由なのだから。
「なあ、オーガスティン……これから、何がしたい?」
安心させるように髪を撫でながら問いかけると何故かキッと睨み上げられ、焦ってしまう。何か怒らせるような事を言ってしまっただろうかと。
「何がしたい、ですって? あなた、結婚式に乗り込んでまで私にしたい事を言ってくれたじゃない」
「あ……あれはイライザさんとの打ち合わせで」
「嘘だったの? 私とキスしたいって言ったのは、口から出まかせ?」
じとっとした目で貫かれ、冷や汗が出てくる。確かにそうは言ったのだが。
「百万回だぞ……簡単に言うなよ。自分を抑えられる自信がない」
「どうして抑える必要が? 私たち、夫婦になるんでしょ……コール、私をあなたの家族にして。
コールの妻だと胸を張って言えるように頑張るから。店長や女将さん以上にいつまでも仲良しで、たくさんの子供たちに囲まれた、そんな夫婦生活を私にちょうだい」
ぽすんと胸の中に、カトリシアの体が収められる。彼女から示された明確な未来像に、応えられなければ男ではない。背中に腕が回されたので、コールは心臓が破裂しそうになりながらも、おずおずとそれに倣った。
そのボロボロのウェディングドレスは、コールのための花嫁衣裳ではない。だから一刻も早くやり直したかった。今度こそ邪魔される事なく、彼女を自分だけの色に染め上げたい。
「仕切り直しだ。オーガスティン、俺にお前の全てをくれ。そしたら俺の全てをやるよ」
「嬉しい……コールが私のものになってくれるのなら、私も全部あげてもいいわ」
涙ぐみながらも、プロポーズを受けたカトリシアは幸せそうに微笑んだ。見つめ合い、固く抱きしめ合って口付けを交わす二人。彼らを見ているのは、日の落ちかけた空と鳥だけ――
「盛り上がってるとこ悪いけど、続きは帰ってからにしてくれない?」
――でもなかった。
「うおっ!? お、お袋、何しに来た」
真っ赤になるカトリシアを焦って隠しながら、迎えに来た母に怒鳴りつけるコール。マクルはすっかり元の中年女性の姿に戻っていたが、小さな角と牙は僅かに残っている。彼女は呆れたように、やれやれと肩を竦めた。
「何って、花嫁奪還が成功したら改めてパーティーを開くって決めてたじゃないか。もう準備はできてるから、さっさと戻ってみんなに顔見せて、その後で思う存分イチャつきな」
母に魔法陣のある洞窟を指差され、二人は顔を見合わせる。ピグマリオン城の礼拝堂ほど豪勢ではないが、ささやかながらこれも立派な結婚式だ。追放から始まった出会いの終着点が、そこにはあった。いや、二人の人生はここから始まる。
「まあ新居はこれからになるから……帰ろうか、俺たちの家に」
「ええ、店長……いえ、お義父様も安心させてあげなきゃ」
頷き合うと、二人は手を繋ぎ、マクルの後に続いて洞窟に入る。カトリシアは、彼女が礼拝堂に現れた時の茶番で怪我を負っていたのが気になった。
「あの……手は平気なのですか? 『聖なる指輪』をしていると私に触れないと……」
「ああ、元とは言えあたしも魔王の娘だからねぇ。そりゃ#ちょっと__・__#はダメージくらい負うさ。とは言え、息子の作ったもんでどうこうなるわけでもないから、安心しな」
「俺としては、サバ読んでた事の方が問題……いってぇ!!」
ポカリと何かを殴る音とコールの悲鳴、それに続くカトリシアのクスクス笑いが洞窟に響く。
そうして無人島に今度こそ人の気配がなくなった頃、ドラコニア帝国の小さな村でいつになく賑やかな宴が開かれ、訪れた人たちはラーメンなる珍しい料理に舌鼓を打ったのだった。
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