第27話 でも生徒は見捨てられません
その頃には煙も薄くなりつつあったが、倒れた数多の人間はぴくりともしなかった。
寝てるように見えるけどまさか死んでないだろうな、と口元を引き攣らせながら柚良に寄り添っていたアルノスに声がかかる。
「いました、
「こりゃまた視界が悪くても一発でわかるインパクトだね……って待って待って、離れたら俺も危ないんだろ!?」
ひょいひょいと人間を跨いで進む柚良にアルノスは慌ててついていく。
倒れた仄はその恵まれた体格ですぐに居所がわかった。呼吸はしているが他の人間と同じくそれ以外の動きが見られない。
柚良は仄の傍らにしゃがむとカバンから何かを取り出した。――黒い丸薬である。
「この煙、多分一度眠っちゃったら解毒魔法でも簡単には起きないみたいなんですよ」
「そういや俺らが通った時に範囲内に入っても誰も目を覚まさなかったな……」
「なので
「……それ、いつも持ち歩いてるの?」
アルノスの問いに柚良は「はい、
舌に触れるなり仄の表情が険しくなる。
そして三秒と経たずに声にならない叫びと共に口を押さえ両足をじたばたさせ始めた。
「……!? !? なに、なにが起こっ……」
「おはようございます、仄さん。大丈夫ですか?」
ティッシュを差し出した柚良は「きちんと目が覚めたんでペッしていいですよ」と白衣の天使が如き笑みを向けたが、それまでの挙動を知っているアルノスは閉口した。
もしやこの新人講師は想像以上にヤバいのではないか。
メタリーナは甘く見過ぎだったのではないか。
そんな予感が駆け巡るが、深く思案する前に柚良の驚愕する声で我に返った。
「
「は、はい、意識を失う直前にガスマスクを付けた人間に連れて行かれるのが見えて……」
「なるほど、仄さんは少し大きいので煙の効果が回りきるまで数秒の誤差があったんですね」
しかし一体誰に、何の目的で? と考え込む柚良に仄がおずおず言った。
「その人たちの上着にマークがあって……そのマークには見覚えがありました。たしか、そ、そう、
「く、くろひばちのとうがいかい?」
聞き覚えのない組織名に首を傾げた柚良の代わりにアルノスが口を開く。
「
仄と幽姉妹の生家であり、頭首の
天業党は筋力を唸らせこの地域を管理していたが、もちろん傘下に入らない組織もいた。黒緋蜂の頭蓋会もその一つである。そんな黒緋蜂の頭蓋会だったが、約一年前に朱によりリーダーと幹部クラスの人間を一網打尽にされ事実上の壊滅を迎えた。
その残党が地下へ逃げ延びた、という情報は井戸端会議の話題になるレベルで広がったものの、特に珍しい話ではないため人の噂も七十五日どころか二週間ほどで聞かなくなった。
「その残党が張りきっちゃったのか」
「お……お姉ちゃんは魔法を封じられたら自力では逃げれません。お母さんたちを呼ばなきゃっ……あっ、で、でも待ってる間に何かされたらどうしようっ……!」
「仄さん、落ち着いて落ち着いて」
「お姉ちゃんはっ……! ――私が落ち込んでるのを見て、休みくらいは悩むのをやめたら、ってここに誘ってくれたんです……でもこんなことになっちゃって、わ、私……」
泣き始めた仄の頭を柚良は優しく撫でる。
「ふふ、怖いけど良いお姉さんなんですね。仄さんのおかげで幽さんのことが少しわかりました」
「……」
「じゃ、私たちで探しに行きましょうか!」
「……ふぇ?」
「一刻を争うけど連絡して助けを待っている間が惜しい。それなら私たちから動かないと!」
表の世界には高級品ながら存在しているものの、暗渠街は基本的に持ち運べる電話はない。
故に仄が天業党に助けを求めるには最寄りの支部へ駆け込むか家まで戻らなくてはならないのだ。なら自分たちで行っちゃおうと柚良は誘っているのである。
アルノスは苦笑いしながら柚良の背を叩く。
「柚良ちゃんこそ落ち着いて。残党とはいえ相手の規模もわからないし、こんな強硬手段に出る連中だよ? そこに俺らで突入とか無謀だって」
「でも生徒は見捨てられません。それに幸い今日は魔力切れの心配がいらないので大丈夫ですよ」
その自信は一体どこから湧いてくるわけ?
と、アルノスは自分だけでも逃げようかと考えたが、目撃者がゼロというわけではない。今も煙の外に野次馬が集まりつつある気配を感じる。ちなみに野次馬の一部は新たな被害者になっているようだ。
こんな場所で何故無事だったんだと問い詰められたら上手く返せる気がしなかった。
「でもさ、どうやって犯人を追うんだ?」
「まだ気配が色濃い今なら探知魔法に引っかかると思うんです。さ、行きましょうか、仄さん!」
探知魔法はそう難度の高い魔法ではないが、まず才能が必要になってくる。上手く使おうとするなら余計にだ。絵心にも似た感覚的な面の強い魔法だった。
ぽかんとしているアルノスと同じ表情をしていた仄は柚良から差し出された手を見て何度か瞬きをする。
「お姉ちゃんのこと……た、助けられますか?」
「仄さんも一緒に助けに行くんですよ。だから」
大丈夫です。
そう柚良は力強く言い、手を取られるのを待たずに仄の大きな手をぎゅっと握った。
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