第26話 私もアルノスさんも…
満足げにお腹をさすった
時刻は昼を少し回った頃。食べ歩きに雑談を交えている間に時間が経ち、ではこの辺でがっつりとしたものも食べてそれを昼食にしましょうかという話になったのだ。
初めに食べた肉まんと小籠包、その後目につきテイクアウトで購入したじゃがバター串焼きやドーナツ、チョコバナナ、フランクフルトは柚良にとって軽食だったらしい。
「いやー……思ってたよりよく食べるね、柚良ちゃん」
「ふふふ、美味しいものが多いからですよ。ここってお祭りみたいで楽しいですね」
大抵の女の子はここまで遠慮容赦なく食べないんだけど、と言いかけたアルノスは言葉を飲み込む。正直な感想は時として凶器になるのだ。
そう思っていると柚良が「でもアルノスさんも沢山食べてましたね」と微笑みかけた。
「俺はほら、
思わず正直に話してしまった。
デート中――少なくともアルノスにとってはデート中にこんな話題を出されては女の子は引いてしまう。これは表の世界も裏の世界も似たり寄ったりだ。
慌てて「まぁ柚良ちゃんが美味しそうに食べてるのにつられたのもあるけど」と取り繕ったが、柚良は既にふむふむと納得していた。
「たしかに私もここへ来てすぐの頃に野垂れ死にかけました」
「……そういや表から来たんだよね」
「はい、噂には聞いてましたけどすぐに洗礼を浴びましたよ。残飯漁ったら死ぬし食べなくても死ぬし選択肢のクオリティ下がりますよねここ」
そう共感していた柚良だったが、すぐにハッとすると「一回の体験で知った顔してすみません」と頭を下げる。アルノスは頬を掻きつつ柚良を宥めた。
「こんなの回数の問題じゃないって、一回でも死にかければ誰だってそう思う」
「そうでしょうか」
「そうそう。ま、今は俺も君も力があるんだ、ここで好きに飲み食いするのを楽しもう」
「……ですね、それに暗渠街の経済を回すことにも繋がりますし!」
その経済は恐ろしく偏っており真っ黒なのだが、アルノスは今度は口に出さずに済んだ。
「けど楽しんでくれてて良かったよ。柚良ちゃんは女の子だし、ホントはもっと可愛いところに連れて行けたら良かったんだけどね〜。暗渠街じゃなかなか無いから」
「そういえば可愛いカフェとかペルテネオン通り以外で見かけたことないですね……」
「え!? ペルテネオン通りに行ったのか?」
アルノスはぎょっとする。
ペルテネオン通りといえば暗渠街屈指の高級歓楽街だ。もちろん表の世界とは異なるためサービスが行き届いていない部分もあるが、比較的クリーンな『高い買い物』をしたいならまず最初に名前が挙がる場所である。
デートにもうってつけだったが、さすがに資金面の問題でアルノスは早々に却下していたのだ。
そこへ暗渠街に来て日の浅い柚良が既に訪れていたとは思ってもいなかった。
「はい、ツァン……お、お世話になってる方に連れて行ってもらったんです」
「それは先を越されたというか何というか……」
「先を?」
「ああ、こっちの話こっちの話」
手を振って誤魔化しつつ、アルノスは「じゃあそこでの思い出に負けないくらい良い思い出を作ろっか!」と柚良の手を引く。
「あ、でもそろそろ少しくらいは腹を休憩させるべきかなー……」
「休憩ですか?」
「そう。ここってさ、お酒飲める場所も多いでしょ。だから酔ってすぐ寝れるように裏道に入ると色んなホテルがあるんだよね」
アルノスは黒い瞳を柚良に向け、ごく自然な口調で言った。
「一時間か二時間くらい休んでく?」
特に下心はありませんよ、という顔をしながら、しかしこんな場所でホテルに誘われれば意味くらいわかるでしょ、と暗に込めながら。
反応次第で後の行動は決めてある。それでもこんな無知そうな娘に初めから踏み込み過ぎだとは思うが、メタリーナの指示なのだから致し方ない。
そう返答を待っていたアルノスだったが――柚良はまったく別の方向を見ていた。
「……柚良ちゃーん?」
「ハッ! すみません、さっきそこに
「仄と幽……ああ、
拍子抜けしながらアルノスは周囲を見る。
たしかに居た。柚良の身長では見失ってしまったようだが、アルノスからは離れた場所に頭一つ分飛び出した仄が見えた。恐らく傍らに姉の幽が居るのだろう、そちらを向きながら何かを喋っている。
「あぁ……そっか、柚良ちゃん、生徒に君と俺の仲を勘違いしたら恥ずかしいっていう――」
「! ちょっと失礼します!」
柚良はそう一言断ると突然アルノスの腕を引いた。
意外と強引なんだね、だの、ひっつきたくなったの? だの、そういった言葉が反射的に頭の中に浮かんだが、アルノスがそれを言葉にすることはなかった。
その中の一つが突然爆発したのだ。
爆風と飛んでくる破片にアルノスは瞬時に身構えたが、どれも体まで到達することなくアルノスと柚良を避けていく。バリア魔法だと気づくのに一瞬の時間を要した。
「あ、あんな一瞬の判断でバリア魔法を?」
「うわうわうわ、なんですかこの紫色の煙! 有毒っぽいんで私中心に解毒魔法を展開しておきますね。離れちゃだめですよ!」
爆発した屋台から放たれた紫色の煙は瞬く間に広がり、それを吸った人間がばたばたと倒れている。
見たところ眠っているだけのようだが倒れた際に怪我をした者も多く、しかも爆発での怪我人もいるため中々に凄惨な光景だ。
「待っ、一時的じゃなくて長時間の解毒なんてキツイでしょ、ここは俺が風で散らすから一気に駆け抜けて……」
「あ、風属性なんですね。でもよそにまで広がったらマズいですし、これくらいならしばらく保てるんで大丈夫です。それより行きますよ!」
行くってどこへ?
そんなアルノスの疑問をよそに、柚良は彼の手を引いてずんずんと紫色の煙が広がる道を進みながら言った。
「仄さんと幽さんも巻き込まれたかもしれません。この場の全員を救うのは無理ですが、生徒は助けてあげないと!」
「きっと大丈夫だって、他の人に任せとけば――」
「何言ってるんですか!」
柚良は真っ直ぐアルノスを見る。
赤紫色がこの場にあるどの色よりも濃く綺麗に見え、アルノスは一瞬言葉を失った。柚良は自身の胸をドンと叩いて自信満々な表情を浮かべる。
「私もアルノスさんも、先生ですよ!」
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