第25話 百年の路

 違法飲食街、百年ももとせみち


 暗渠街あんきょがいの飲食店は国からの認可を受けていないため、そのほとんどが違法といえば違法だ。

 この違法飲食街がわざわざ違法などとくっつけた呼び名で親しまれているのは暗渠街に初めて出来た飲食街だからである。

 当時は自虐を込め、今では少し笑いを誘う親しみを込めて呼ばれているわけだ。


「むしろここの方が老舗が多くてさ、原材料が概ねわかってるぶん安全だったりするんだよねー」

「ははあ、なるほど、長くやっているからこそ仕入れ先が固定されて情報が明るいわけですね」

「全部違法だけど味は保証するよ。ああ、でもたまーにヤバいのもあるから気になるのがあったら一度訊いてくれ」

「わかりました!」


 表の世界じゃ考えられないことだなぁと思いながら柚良ゆらはきょろきょろと辺りを見回した。

 アルノスはそんな柚良を見下ろす。

(まるで田舎者だなぁ、この様子じゃ万化亭ばんかていでも下っ端で良いもの食べさせてもらってないんじゃないか?)

 食べ物で釣るのは正解だったかもしれない。

 そう考えながらアルノスは「何か食べたいものはある?」と柚良の腰に手を回そうとしたが――それと同時に「あそこの小籠包と肉まんのお店をぜひ!」と柚良が店に駆け寄ったことにより見事に空振った。

 咳払いをして仕切り直しつつアルノスはその店に入り、テーブルに並べられる料理を見て問う。


「柚良ちゃんは小籠包と肉まんが好きなんだ?」

「大体何でも好きですよ〜。その、じつは今度小籠包を人に作ろうと思ってまして、その参考にしようと思ったんです」

「へえ! いいなぁ、俺にも作ってよ。お返しもちゃんとするからさ」

「アルノスさんにも?」


 そうそう、とアルノスは笑みを浮かべながら言う。

「うちのキッチンなら好きに使っていいし」

 家に呼ぶというステップをジャンプして飛び越えてきた。

 しかし柚良は戸惑うことなくごく普通に返す。

「さすがにご家族の迷惑になっちゃいますって」

「ああ、俺一人暮らしだから。っつーか家族もいないしね。色々あって死んじゃった」

 柚良はぎょっとしたが、暗渠街ならままあることなのだろう。しおしおと沈んだ様子で頭を下げる。

「すみません、不用意にこんなこと言ってしまって……」

「そんな気にしなくていい……けど、そうだな〜、許す代わりに手料理。いいでしょ?」

 策士だ! と柚良は目を丸くしたが、アルノスは笑って流した。


「仕方ないですねー……では双方暇が出来たら、で!」

「あれ、しばらく忙しいの?」

「万化亭でも生徒が増えたんですよ。あっ、その生徒なんですが……そのうち学校の方にも入学する予定なんで、その時は歴史学は宜しくお願いしますね!」

「へ〜……生徒ね。わかったわかった、仕事ならちゃんとするよ」


 頷くアルノスに柚良はお礼を言って再び頭を下げる。

 アガフォンには助手に近いことをやってもらう予定だが、三人とも学ぶべきことを学ぶべき先生から指南してもらう手筈になっていた。柚良も歴史やその他の教科にそれなりの知識はあるが、やはり専門の人間に任せた方が覚えが良いだろうと思っている。

「よかった、やっぱり色んな人から学んだ方が変な癖が付きにくいですからね」

「っといってもさ、ウチの学校って一部レベルが低いのも混ざってるけど大丈夫?」

「レベルが低い?」

 肉まんを齧りながらきょとんとした柚良にアルノスは言う。


「ほら、エドモリアとか」

「……? エドモリア先生は扱いの難しい魔種をよく手懐けてるじゃないですか」

「そのわりに最近よく脱走させてるでしょ、アレ」


 ――闘犬型一角獣のことである。

 週始めに再び脱走した後、水曜にも脱走騒ぎがあった。この時は事前に用意しておいた餌罠ですんなり捕まったため騒動にはならなかったが、生物担当がそんなことでどうするのとメタリーナにきつく叱られているのを柚良は見ている。

 しかし。


「あの闘犬型一角獣、最近様子がおかしいらしいんですよ」

「普段からあんなもんじゃない?」

「いえいえ、たしかに活発ですけど……なんというか……何かに怯えてソワソワして、それで逃げ出そうとしてるみたいなんですよね」


 エドモリア曰く、普段はここまで逃げ出す個体ではないのだという。そのため最初の一回は油断から逃がしてしまったが、次からは十分な対策をしたにも関わらず闘犬型一角獣がそれを突破し逃げ出したらしい。

 ドアノブに針金をしっかり巻いておいたのに飼い猫が器用に解いて外へ出ていく、というくらい稀なことである。

「そもそもあの子、いつもは外に出るのを嫌がるみたいなんですよね。そんな子がそこまでして出たがるなんて……不思議です」

「飼育環境が悪くってストレス溜まってるんじゃないの」

「専門家じゃないので私は否定しきれませんが……」

 エドモリアの様子を見るに、どうにもそんな気がしない。彼は魔種の生態をよく観察し飼育環境も整えていた。ストレス管理にも気を配っていただろう。

 なんだか気になって仕方ない。

 柚良がそんな顔をしているとアルノスが「これ奢りね」とジュースを差し出した。


「ま、そういうのはエドモリアに任せとけばいいんだよ。それより今は百年の路を楽しまないと」

「……! 折角遊びに来たんですもんね、色々食べましょう!」

「じゃあここを出たら甘いものでも探そうか」


 そう笑ったアルノスに柚良は「はい!」と言いながら小籠包を口に運んだ。

 ペルテネオン通りで食べたものより味が濃いが美味しい。――蒼蓉ツァンロンへの手料理を作る良い参考になりそうだ。

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