第24話 冒険気分です!!

 婚約指輪は柚良の次の次の休みに見に行こうということになった。

 なにせ今週の休みはアルノスと出掛ける予定が入っている。柚良ゆらはそれを「同僚の先生から遊びに誘われたので行ってきますね!」とライトに報告していた。

 翌日の日曜に出向いても良かったが、蒼蓉ツァンロンとしては集中して時間をかけたいからその次の週でもいいよ、ということになったのだ。


暗渠街あんきょがいに来てからの方が装飾品が増えてる気がするなぁ……」


 魔法絡みならいくつか持っていたがデザインは二の次であり、陰で「大魔導師は天才だがセンスはカラス」などと言われていた。

 光ってるなら何でも付けるんだろ、という意味である。実際には魔法絡みで有能なら何でも付ける、だが。


(私だって「魔力節約補助が出来るから付けてるけど女児向けの作り物っぽいなこれ」とか思いながら付けてましたし! センスは悪くないですし! ……まあそう考えると自由に選べる今の状態は悪いものじゃないんでしょうけど)


 柚良は蒼蓉に買ってもらった緑色の石が付いたネックレスを持ち上げる。

 機能も見た目も良く最高の逸品である。魔力貯蔵と自動発動の防御&リフレクト魔法という三つも効果が付属しているものはなかなか見つからない。短所は値段が可愛くないことくらいだろう。

 普段使いしていいものではない、と柚良は思っているため、いつもこうして部屋にしまっておいたのだが――機能を考えるとどうだろうか。


(蒼蓉くんは私の身を案じてこれを選んでくれた可能性もあるし、ずっと箪笥の肥やしも勿体ないし……よし! 明日のお出掛けにつけてこ!)


 傍目から見ると婚約者からの贈り物をつけて別の男とデートに行くというとんでもない状態だが、柚良はアルノスのことを超親切な同僚としか思っていない。

 その上男女の機微に疎く人間関係の構築に不慣れなことが重なり、柚良の頭の中では『特に問題なし!』という結論が導き出されていた。


     ***


 そうして翌日、土曜の朝。


 ペルテネオン通りで見繕った動きやすい服――白い丸襟シャツに短パン、焦げ茶のタイツを身に着けた柚良はネックレスを首から下げる。

 しかし汚したり傷つけるといけないから、と服の中に忍ばせることにした。活動的な服装には少し似合わないため丁度いいだろう。

 ペルテネオン通りで立ち寄った服屋は商品のほとんどがドレスやスーツ、もしくは落ち着いたデザインの普段着だったが、ジャンルに縛りはないらしくある程度のレパートリーがあったのだ。これ幸いと柚良自ら選んだのがこれである。

 暗渠街は男女問わず性別がわかるだけで危険な目に遭うことがあるため、柚良も初めは体のラインが出ないものを好んでいたが、今は体調も万全であるため何かあれば対処可能だ。

 体を休める場所もあるなら出し惜しみもしなくていい。蒼蓉に再度感謝しながら柚良は拳を握る。


「よし、これで突然悪漢が現れてもサササッと逃げれるはず!」


 バッチリ! という顔で柚良はアルノスと待ち合わせをしている校門前まで急いだ。

 まだ土地勘がないため、通い慣れている学校を目印にしようという話になったのだ。アルノスは万化亭ばんかていの場所を知っていたが、さすがに用もなくあの店に近寄るのは勘弁してくれと言われたのである。

 暗渠街ではそんなに恐れられてるんだなと柚良は改めて認識し直したが、蒼蓉の仕事の全容を把握しきっていないためいまいちピンとこなかった。


 そうこうしている間に校門前にアルノスの姿を見つけ、柚良はぶんぶんと手を振る。

「お待たせしましたー! 糀寺こうじです!」

「あっはは、名乗らなくてもわかるって」

 アルノスは薄茶色のパーカーの上から紺のチェスターコートを着ていた。ズボンも普段学校で穿いているものより細身のもので足が長く見える。

 表の世界のモデルさんみたいですね、と言いかけた柚良はグッと言葉を飲み込み、その間にアルノスが「あれ?」と首を傾げた。


「スカートじゃないのか、見たかったなぁ柚良ちゃんのスカート姿」

「たまに着てってると思いますけど……?」

「遊びに出かける日用のってあるだろ? まあいいか、それも似合ってて可愛いし。柚良ちゃんは普段そういうの着てるんだね」

「いえ、動きやすさ重視で選びました!」


 冒険気分です!!


 と、顔に書いてある様子で柚良は満面の笑みを浮かべる。アルノスは笑顔を保ったまま一瞬黙ったが、すぐに「そんなに危険な場所には行かないよ〜」と手のひらを見せながら振った。

「そういえばどこに行くんですか?」

「ああ、色々ピックアップしてみたんだけど……柚良ちゃん、食べるのは好き?」

「! もちろんです」

 魔法薬実験や魔導書に熱中しすぎて寝食を忘れることは多々あったが、食事そのものが嫌いなわけではない。

 栄養補給だけでなく、娯楽の一つとしてもしっかりと好んでいた。柚良はこくこくと頷く。

 アルノスは「ならよかった」と目を細め、手描きの簡易地図を見せると一点を指す。


「今日行くのはここ! 暗渠街の違法飲食街『百年ももとせみち』だよ!」

「――危険な場所っぽい!」


 そんなことないって、とアルノスは地図を刺したままにっこりと笑った。

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