第23話 慣れない貴女におめでとうの言葉を

 ソルは魔法など自分には無縁の能力だと思っていた。


 まず魔法の才能を持つ者は一握りだ。

 遠い昔はそれこそ一般人も全員含めて当たり前のように使っていたそうだが、衰退して久しい。

 そしてもしそんな稀有なる才能があったとしても、大抵の人間は生活に少し役立つ程度にしか使えない。着火に活かしたり畑を耕す補助をしたり、といったところである。

 選別結果から更に選別されたのが『魔導師』と呼んで良い存在だった。

 そんな領域に達して尚、魔力を溜める力や扱う力の良し悪し、天性のセンスや個人個人の属性と目指すスタンスが合致しているか否か等で伸びが変わる。

 満足な結果を出せていないとはいえ、基礎訓練を経て自分にそんな才能があるなどソルは未だに信じられなかった。


 それが。


「これどうやって止めるんっすか!? これマジでどうやって止めるんっすか!?」

「自分に栓をするイメージで止まりますよ~!」

「なんですかそれー!」


 手から火炎放射器が如き炎が迸り、そのまま消えもせず地面をのたうつのを見て嫌でも信じるはめになったのだ。

 三人の中で一番伸びが良いのはソルであり、特にバリア魔法の覚えが良かった。才能に加えて己を守ろう、防御しようという心構えが抜きんでていたのも理由の一つだろう。

 そのためバリア魔法を学ぶアガフォンとヘルはそのまま継続、ソルは適性の高い属性である炎系統の魔法を学ぶことになったのだが――初っ端からこの有り様だった。

「こ、糀寺様! 初心者に炎鞭はまだ早いのでは!?」

 サポートに付けられた万化亭ばんかていの魔導師は慌てた様子でそう叫ぶ。

 彼は低い背と三白眼が特徴的な男性であり、名前を常戒チャンジェといった。四十を過ぎているらしいが子供の頃から万化亭に仕える魔導師であり、争い事には弱いが魔導師としての才能はそこそこある上に面倒見が良いのでこういった役を任されやすい様子だった。

 そんな常戒に柚良ゆらは親指を立てる。


「早いですよ~。ただソルさんの火属性への適性はなかなかのものですし、しかも炎鞭と相性がバツグンです! つまりこれから主力の魔法となる可能性が高いので、早めに学んでおいてもらおうかと!」

「それは私も認めますがお屋敷が火事になってしまいますよ!」


 ソルの訓練に借りているのは万化亭の中庭である。

 常戒はどこかに燃え移らないかとヒヤヒヤしていたが、その様子を見て柚良はハッとして頭を下げた。


「しまった……! 当たり前すぎて伝え忘れてました、この辺一帯に私特製の結界を張っておいたのでご心配なく。一時間くらいなら高位魔法でもない限り焦げすらしませんよ!」

「……そ、そんな条件指定の結界を? 一体いつ?」

「今朝起きてからご飯を頂く前に」


 通常、結界魔法は地形をよく見て事前に一通りの準備を整えてから張るものだ。

 効果も様々であり、侵入を防ぐ目的のものから柚良がやったように結界内の物理的損傷を防ぐものなど用途に応じて張り方が変わる。

 魔法専門学校の簡易結界は変わり種であり、建物に専用の道具を仕込んで教師陣から定期的に魔力を提供してもらい、限られた範囲ながら外部からの許可のない侵入を防ぐというものだった。

 万化亭の店舗スペース以外にも同じものが張られているが、損傷を防ぐが故に料理から裁縫だけでなく紙を切ったりといった動作すら困難になるため、不法侵入予防のみである。そのため常戒が慌てていたのだが。

 柚良は普通なら時間を要する結界魔法、しかもしっかりと区域指定し強度もやりすぎなほど高いものを一時間もかけずにぽんと張ったわけである。


(しかもこの言い方だと設置後に使うまで待機させておく指定までしてある? 一時間限定とはいえ恐ろしすぎる……。若旦那、なんちゅう魔導師引き込んでんですか……!)


 ――というのが、常戒の正直な感想だった。

 そんな三人の元にヘルが駆け寄ってくる。

「柚良さま、できました。バリアばっちりです。アガフォンも出来たと言っていました」

「わあ、さすがですね! 数日でモノにしちゃうとは!」

 アガフォンも後から来るが、いち早く知らせようとヘルが先に走ってきたらしい。感情の起伏はあまりないが、少し息を切らせて急いで来たところを見るに相当嬉しかったのだろう。

「よくできました、ヘルさんも後で属性を調べて練習しましょうね」

「あああ……つまりこの惨状が三人分……」

 わなわなする常戒の向こうでソルがやっと消せた! と喜んでいたが、わずかに残っていた火種が一気に燃え上がり全身を包み込む。

 真っ青になった常戒だったが――柚良が間髪入れずに「そい!」と魔法で水を作り出しソルの頭から被らせた。


「修行のために結界はソルさん本人は含んでないので気をつけてくださいねー。でもその様子ならバリア魔法が間に合ったようで良かったです!」

「し、死んだかと思った……なのにサウナ程度の熱さしかなかった……バリア魔法すげー……」


 咄嗟のことでも教えた通りに出来て凄いですね、と柚良はパチパチと拍手する。

 ――魔導師が伸びるか否かの条件。

 それには師事する人間が誰なのかも大きく関わってくるな、とソルは思い知ったのだった。



 そこへ「相変わらず騒がしいな」と声がかかる。

 渡り廊下の手すりにもたれかかり頬杖をついた蒼蓉ツァンロンだった。後ろには璃花リーファが控えている。

「蒼蓉くん! ほらほら見てくださいよ、すっごい成長速度ですよ!」

「本当によく効いたなぁ。小道具のせいもあるだろうけど、学校の生徒より伸びがいいのはスパルタだから?」

「学校は足並み揃えることを重視してますからね。でもそれはバリア魔法までなので、次週から個々に合った部分をガッツリ伸ばしますよ!」

 両腕を左右に大きく開いてみせる柚良に片眉を上げて笑いながら蒼蓉は「それなら」と指を立てた。


「婚約指輪を見に行くの、早めの方がいいかな?」

「婚約指輪?」


 きょとんとした柚良だったが、そうだ婚約したのだと思い出すと口をぱかっと開ける。

「そんなすぐに必要なんですか……!」

「ボク的には早めに欲しいかな。だって君の気が変わったら嫌だからね」

「そこまで薄情じゃないですってば」

 蒼蓉としては指輪を用意してから正式に申し込みたかったそうだが、何かとイレギュラーが続いたため致し方ない。

 ――と説明する蒼蓉の後ろにいる璃花だけは知っている。いつでも口説けるように指輪は用意してあったが、柚良と一緒に選びに行くこと、そしてそれを利用し周囲に自分たちを見せつけたいがためにこう言っていることを。

 しかし蒼蓉が生まれた頃から万化亭に仕えている璃花はそんなこと表情にすら欠片も出さないのだった。


「柚良さま、蒼蓉さまと結婚するんですか」

「あはは、まだ婚約ですよ。それに正式発表も待ってもらってますしね」

「あの、……おめでとうございます」


 ヘルがあまりにも真っ直ぐ見上げながらお祝いを口にしたので、柚良はきょとんとしてしまった。こんなに祝われることとは思っていなかったという顔だ。

 そこへ何も知らないアガフォンが歩いてくる。婚約、という遠い世界の言葉にぽかんとしていたソルはハッとするとアガフォンに耳打ちしてから柚良たちに言った。

「おめでとうございます、姐さんと若旦那!」

「ご婚約おめでとうございます!」

「ははは、そんな必死に祝っても何も出やしないよ」

 そう笑った蒼蓉は何気なく柚良を見る。

 特に照れることはしないだろう。そんな情緒は持っていない。――そう思っていたのだが、柚良はほんのり頬を染めると口元を手で隠していた。


「ありがとうございます、……へ、へへへ、人に祝われるってこんな感じなんですねぇ」


 これはきっと祝われることそのものに照れている。

 そう蒼蓉はわかっていたが。

「……璃花」

「はい」

「あの三人の夕餉にとびきりの甘味を出しといて。甘味が苦手ならリクエストを聞いても良い」

「――はい」

 わかっていても言わずにはおれず、そして璃花はやはり余計なことは言わなかったが、代わりに一瞬だけ言い淀んだのだった。

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