第14話 それぞれに合った方法

「皆さん今週も終わろうとしていますが如何でしょうか? バリア魔法のコツ、掴めてきましたか?」


 金曜の授業に入るなり柚良ゆらは両手を合わせて訊ねた。

 個々の力量は把握しているが、本人たちがどう思っているか聞きたかったのだ。問われるとヴェイネルが真っ先に「上々です」と答えた。

「初めはここまで伸ばす必要があるのかと疑問視していましたが……学習を止めないということはまだ役者不足ということですね?」

「その通り! でもヴェイネルくんはあともうちょっとですね、強度と展開は問題ないのであとは反応速度です。来週は動体視力と集中力を鍛えましょうか」

「宜しくお願いします」

 そこへトールが挙手する。


「先生! 俺もそろそろ良い感じだと思うんだが!」

「トールくんは相変わらずせっかちですね〜……」

「早く強い魔法を習いたいんだよ」

「うーん、けど残念! トールくんのバリア魔法は強度はあるんですけど――展開が雑で穴が多いんですよね」


 穴!? とトールはぎょっとする。目視できる範囲で自覚したことがない様子だった。

 柚良は「丁寧に展開しましょうって何度か言いましたよね、もちろん方法も合わせて」と片目を細める。


「見づらいかもしれませんが極小の穴があります。それくらいなら液体系の魔法は抜けますし、穴を狙って撃つこともできますよ」

「マジで!?」

「あと強度もムラがあるんで一番薄い場所は要注意です。トールくんは口頭より図の方が頭に入りやすいようなので、後でプリントに纏めたものを渡しますね」


 柚良が授業の見学をしていた際、トールの教科書に書き込みが多いことやノートを事細かに取っているのが見えた。

 性格や見た目から見て聞いて体で覚える方が得意に思えたが、トールに合っているのは視覚からの学習なのだろう。

「そ、それ、俺専用のプリントってことか? 大変だったんじゃ……」

「纏めるの、とっても楽しかったんで大丈夫ですよ」

 むしろありがとうございます、と言った柚良にトールは言葉が継げなくなったのかもごもごと「こっちこそ」と机側に首を傾けた。頭を下げたのかもしれない。


 そうして柚良は一人一人確認し、ほのかの前へ来たところで八重歯を覗かせて微笑んだ。


「仄さんはどうですか? もしかして変化を感じられなくてもどかしく思ってません?」

「……! わ、わかりますか」

 大きな体を縮こまらせた仄はしゅんとしながら頷く。

「あまり進歩してない気がして……初級魔法でも貫かれちゃうんじゃないかと」

「この二週間見てきましたが、たしかに頭打ちなんですよね……そこで!」

 柚良はピッと人差し指を立てる。


「仄さんには別角度からアピールしようかなと思うんです!」

「べ、別角度?」

「バリア魔法を先に鍛えてるのはこれから習う魔法の暴発事故の被害を抑えるためっていうのは言いましたね? つまり我が身を守れるなら他の方法でも良いんです」


 そう言うと柚良は自分になんらかの魔法をかけた。全身が淡く光ったものの、すぐに落ち着いて何も見えなくなる。

 きょとんとしている仄の前でおもむろに折り畳みナイフを取り出した柚良はそれを左手に振り下ろした。

 しかし鮮血が滴り落ちることはなく、ガツッと硬い音がして刃が手の甲を滑って落ちる。柚良はナイフを畳むと口角を上げた。


「強化魔法です。この強度だと持続時間は短いですが余裕を持って一時間は持ちますかね。仄さんにはこっちが合いそうです」

「あー! いいな! 俺もそれ習いたいんだが!」

「トールくんはバリア魔法を極めてから!」


 複数人を一気に教える都合上バリア魔法で統一していたが、個々の適正を見てどうしても不向きなら合った方法を勧めようと考えていたと柚良は言う。

 トールは雑ではあるが伸び代がある。中途半端にせず、バリア魔法を修めてからでもいいという判断だ。

「バリア魔法は展開が少し複雑ですから難しいのかもしれません。強化魔法は慣れ親しんだ自分の肉体にかけるものなのでコツを掴めばすぐですよ」

「け、けど先生、強化魔法って魔力を継続して消費する魔法ですよね? それを使いながら他の魔法を学べる気がしないんですけど……」

「おっ、勉強してますね。その通りです、でも私も不便だと思ったんで継続時間を決めて発動時にその分の魔力を一気に差っ引く形式の強化魔法を考案しました」

「考案!?」

「従来の強化魔法の応用の範囲内ですけどね」

 でもこれならあとは授業に専念できますよ、と柚良はガッツポーズを作る。

 そこで疑問を口にしたのは話を聞いていたヴェイネルだった。


「あの、魔力をごっそり消費した状態で授業をすることになるのでは……」

「ふふふ、だからトールくんには勧めなかったっていうのもあります。自然回復を待ってからじゃ回りくどいですからね。でも仄さんならある程度実用的なので今後も活かせるでしょう」

「私、そんなに魔力量はないんですが……」

「回復薬なら調薬できるでしょう?」

「!」


 柚良は天井を、更にその上にあるであろう温室を指差す。


「市販の回復薬を買うとお高くついてコスパ最悪ですが、すでに栽培技術と調薬技術の高い仄さんならきっと大丈夫! それに将来その肉体を活かすなら覚えて損はありません。まさに鋼の肉体になって堂々無双の大立ち回りも可能ですよ!」


 どうですか? と問いかけた柚良はイエスの返事を確信していたが、存外仄の表情が暗いことに気づくと目をぱちくりさせた。

 仄は視線を落としたまま言う。


「……か、考えさせてください」


 そう、小さな声で。


     ***


 温室で見せた様子と似ていた。

 つまり仄にとっての何らかの地雷を踏んだのでは、と廊下を進みながら柚良は思考を巡らせていた。

 表の世界ではビジネスとしての付き合いが大半を占め、普通の人間関係はごく一部の人間としか築いてこなかったため、どうにも他人――特に若い男女に疎いところがあると柚良も自覚している。


(仄さんにも楽しく学んでほしいのだけれど……)


 全員が全員、魔法を好きなわけではない。

 そのことを柚良は知っている。しかし学びの場が少ない暗渠街あんきょがいでせっかく魔法専門学校に通っているのなら、少しでも魔法に楽しさを見出してほしいと柚良は願っていた。かつて千変万化な魔法に魅せられた自分のように。

 けれど上手くいくことばかりじゃないな、と肩を落としていると廊下の向かいからメタリーナが歩いてくるのが見えた。


「あら、いいところに。糀寺こうじさん、こないだは器具の運搬ありがとうね」

「いえいえ!」

「さぞかし大変だったでしょう?」


 くすくすと笑いながらメタリーナは柚良の腕を強引に引いた。

「でもあれを運びきれたなら力があるのね。これから授業用の歴史書を取りに行くのだけれど手伝ってくれない?」

「歴史書ですか?」

 紙の本は重い。手伝いを頼むということは冊数も多いのだろう。

 ――今日は金曜のため、月曜の授業のためなら急くことはない上、メタリーナの歴史の授業は月曜の午後でありアルノスも居る。ここで柚良に頼む必要はないはずなのだが、しかし柚良本人はそんなことにちっとも気づかず二つ返事でOKした。



 資料室にある本は蒼蓉ツァンロンが買い集めたものだという。

 暗渠街の信頼できるツテを使ったものや、表の世界で高校生として書店や古本市を行脚し選び抜いたと柚良は聞いている。毎日学校の報告をする際に雑談を交えるのだが、その際に耳にした話のひとつだ。


(それにしても沢山集めましたね~……)


 リゼオニア帝国は多数の国を内包しているため、魔法に変わる歴史書だけでも恐ろしい数になる。しかも国によって観点が異なり解釈が難しい。いくら言語が統一されていても同じものを指しているというのに呼び名が本によって違うということも多々あった。

 しかも様々な感情渦巻く歴史書だからだろうか。魔導書と同じく中には魔力が込められており下手に扱うと危害を加えるものまで存在していた。

 が、これはこれで柚良には宝の山に見える。

 城の書庫にも出入り自由な身分だったが、ああいう場所に収められている本とはまた違ったものも多くわくわくするのだ。気分が高揚しかけたところでダメダメと柚良は自分を制してメタリーナを見る。


「メタリーナ先生、どれが必要なんですか?」

「マルゴフ見聞録、カールヴァイアーの歴史と反論、荒神暴流伝こうじんぼうりゅうでん後椿書ごちんしょ、あとこれとこれとこれね」

「ごっついのばっかりですね!?」


 最後にメモで示されたタイトルも含め、どれもこれもハードカバーのページ数四桁クラスばかりである。歴史の授業って大変なんだなー、などと思いながら柚良は本棚を見上げた。

「……あなた、タイトルだけでどんな本かわかったの?」

「熟読はしてませんが何度か見ました。マルゴフ見聞録とかエグいですよね、足の上に落として叫んだことありますよ」

「……足の上、ねぇ」

 常人なら骨折の可能性がある。

 それを柚良があまりにもさらりと言うため、メタリーナは気を引くためと見栄を張るための嘘ねと一瞬で判断すると隣で本を探し始めた。そのヒールを履いた足がスッと浮いて柚良の足を踏みつける。


「あらごめんなさい、足に落としたって話を聞いたところなのにウッカリ踏んじゃったわ」

「あっ、お気になさらず。授業で使った強化魔法がまだ残ってるので」


 けろっとした様子で柚良は足を見下ろした。

 そういえば踏み心地が安全靴のようだった。そう口を半開きにしているメタリーナに柚良が「揃いましたよ、どこに持っていきましょうか?」と指定された本たちを見せる。

 本はすべて風魔法で浮いており、且つ空中で安定し落ちる気配はない。

 しかも風で表紙を傷つけないよう細心の注意が払われているのが第三者目線でもわかった。メタリーナは口を閉じないままそれを見ていたが、はっと我に返ると指示をする。


「そ、そうね……三年一組の教室まで運んでちょうだい」


 それは仄に負けず劣らずの小さな声だった。

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