第13話 天業党の姉妹
翌週の水曜日。
昼休みに温室を訪れた
前に
先週は様々な準備や覚えなくてはならないことが多く時間が取れなかったが、今日やっと昼休みにここへ足を向けることが叶ったのである。
柚良は出入口の前に立つと外から声をかけた。
「すみません、中を見せてもらっても大丈夫ですかー?」
「ひゃわ! ど、どなたですか!?」
「講師の
外から見た際、半透明の温室内にいるのは高身長の男性だとばかり思っていた。しかしドアを開いて出てきたのはおかっぱヘアーにメガネをかけた気弱そうな顔の――そんな印象とは正反対な逞しい肉体を持つ女性だった。
加えて金色と赤色のヘテロクロミアが印象的だが、やはりそのすべてのインパクトを首から下が塗り替えていく。そんな容姿に柚良は見覚えがあった。
「
仄とは二年生の生徒である。
ファミリーネームに当たるものはなく、漢字一文字の名前を名乗っている。暗渠街では存外多いらしい。
彼女は双子の姉の
目を輝かせる柚良の勢いに押された様子で仄は何歩か下がると「何か違反してたならすみません……!」と涙目になった。
「違反なんてそんな。じつは前に学校の下見に来た時、この温室の存在を知りまして……! その時に中を拝見したんです、こっちこそ勝手にすみません」
「ええっ!? 謝ることはないです、むしろ興味を持ってくれてありがとうございますっ」
仄は頭を下げると「先生は薬草もお好きなんですか?」とわくわくした様子で訊ねる。
「はい、畑を借りて栽培もしてました!」
「わあっ、凄いですね!?」
「訳あって手放すことになったんで、その後どうなってるかわからないんですが……」
柚良の薬草畑は巷に出回る数は少ないがきちんと管理していれば人の手で栽培可能な貴重な薬草を数多く植えていた。皇室もその価値は把握していたはずだ。
育成ノートは置いてきたので柚良が追われた後も世話をしてくれているかもしれないが――気難しい薬草も多かったため、枯れてはいないかと柚良は薬草たちのことを思って視線を落とす。
その様子を見ていた仄がおずおずと袖を引いた。
「色んな理由で手放さなきゃいけないものって多いですよね……。あのっ、もしよかったら中にどうぞ。正式にうちの薬草たちを紹介します」
「ほんとですか!? ぜひぜひ!」
仄はにっこり笑うと出入口をくぐり、温室に柚良を招き入れる。
先日のマンドラゴラを含めて様々な薬草を紹介し、自分の手で交配を行なっているものもあると仄は柚良に教えた。ただ世話をするだけでなく、採取後に調薬を行なっているため増やすことも大切なのだという。
柚良はいたく感心した様子で拍手する。
「受粉させるのが難しい種やタイミングがシビアな種もあるのに凄いですね」
「え、えへへ、難しいほど燃えちゃいまして」
「適性バツグンですよ、きっと良い調薬師や薬草栽培者になれます!」
「……私にはこれしかないので」
マンドラゴラの葉を撫でながら仄は小さな声で言う。
そういえば、と柚良は思い出した。仄は魔法の才能が低いのかバリア魔法の授業でもいつも手こずっている様子だった。魔法学校に入学して二年生になってもなかなか花開かず負い目を感じていたのかもしれない。
姉の幽は他の授業の様子を見るに高い水準を維持していたため、それが余計に拍車をかけている気がした。
(……なんだかそれ以外にもありそうだけれど……)
柚良は仄を見上げる。
暗渠街であまり深入りするのは良くないが、生徒が何かに悩んでいるのなら力になりたい。しかし仄はここでこれ以上話すつもりはないようだ。
あとで他の先生に軽く聞き込みをしてみよう。
柚良はそう決め、今は楽しい思い出にするべく他の薬草や調薬あるある話を持ち掛けて盛り上がることにしたのだった。
***
「幽と仄姉妹? ああ、
翌日、職員室にて。
柚良が普段は話しかけない教員に声をかけたのは、丁度部屋に彼女と同僚の男性の二人しかいなかったからだ。普段はマユズミやエドモリアとばかり話すことが多いため、良い機会だからと仄たちについて訊ねたのである。
女性はメタリーナ。緩くロールさせた黒髪にピンク色の目をしている。
男性はアルノス。金髪に黒い目をしておりピアスが多く、同じくらいキザな表情も多い。
二人とも魔法歴史学を担当している教員だった。
「天業党……?」
「あなた何も知らないのね、暗渠街に最近来たんだとしてももう少し勉強した方がいいわよ」
「ごもっともです……もし勉強にご協力頂けるなら天業党について伺っても……?」
メタリーナはわざとらしくため息をつくと「組織の名称よ」と口にした。
天業党。
党首の
肉体派と聞き柚良は仄の姿を思い出したが、逆に姉の幽は華奢な印象のある女性だった。だというのに仄の方が自信なさげにしているのは何故なのだろう。
そんな天業党からわざわざ魔法専門学校に入学したのも気にかかる。
(これはお姉さんの方にも話を伺った方がいいかも……? うーん、でも幽さんの方は面識が薄いから突っ込んだことを訊くのもなぁ)
「ところで糀寺さん」
「! はいっ」
アルノスに話しかけられた柚良は背筋を伸ばした。
そんな様子にアルノスは肩を揺らして笑いながら問う。
「よかったら今度お茶しない?」
「お茶? あっ、今でもいいですよ、茶葉ってどこでしょう?」
「いやいや、そういうのはいいから。今度遊びに行こうよって言ってるの」
首を傾げていた柚良は続けられた言葉になるほどと頷いた。魔導師として城にいた頃も学生として過ごしていた頃も人から誘われることが皆無だったためどうにも疎い。
先日の蒼蓉といい暗渠街に来てからの方が色んな人に誘われるな、と思いながら柚良は「いいですよ!」と頷いた。
「じゃあメタリーナ先生と三人で……」
「私が行くわけないじゃない、忙しいのよ。ほら、糀寺さん、話が終わったならコレ。代わりに準備室に戻しといてくれない?」
メタリーナは机の上に置かれた重い器具を指す。
話に付き合わされて時間を食ったのだからその代償ということらしい。
メタリーナは「じゃ、よろしくね」と職員室を出ていき、アルノスは「今週末はどう?」と先ほどの話を続けた。
「今週のお休みは予定が入ってるんで、来週はどうでしょうか?」
「なら来週の土曜でよろしく!」
そう言うとアルノスもメタリーナに次いで出ていく。
「ほあー……なんというか……」
先生と友達になるのって不思議な感覚だなぁ、と柚良はわくわくしながら器具を見ると、風の魔法でひょいと持ち上げた。
***
――校舎裏は表よりも薄暗く、面している窓は使われていない教室のためいつもひと気がない。
壁に背を預けてタバコを吹かしたメタリーナは不機嫌をそのまま顔に出していた。
「あの子の世話係がいないと私に皺寄せが来るのよ。やってられないわ」
「皺寄せねぇ、ただ質問してきただけだと……おっと、睨まないでくれよ」
同じくタバコを咥えていたアルノスは肩を竦める。
「あんたも拾ってあげた恩返しをちゃんと続けなさいよ」
「OKOK、わかってる」
「でも良い機会を逃さなかったことは褒めてあげるわ。これでこっちから話しかける手間も省けたもの」
良い子良い子と褒めるメタリーナは上機嫌で、先ほどまでの不機嫌さが嘘のようだった。
「更年期かよ……」
「なに?」
「いーえ! とりあえず来週末に約束を取り付けたから、その時仕掛けるよ」
アルノスの言葉にメタリーナはくすくすと笑うとタバコの火を消す。
「あの子、才能を万化亭に買われてるのかもしれないけれど――それは私だって同じ。優遇されてるなんて思わず、上下関係はしっかり刷り込まないとね。あなたは弱味作りに専念なさい」
「はいはい。……で、そっちはみみっちい嫌がらせに専念と」
「なに?」
「いーえいーえ!」
先ほどの機材も女性一人では運ぶのに苦労するはず。メタリーナもそうであり、準備室へ戻す前に一旦職員室に置いて休憩していたのだ。恐らく後で自分に任せるつもりだったんだなとアルノスは予想する。
魔法でああいった重いものを運ぶには緻密なコントロールが必要になるため、いくら魔法の才能があるとはいえ手で運ぶしかないだろう。可哀想なことだ。
そんな柚良を言いくるめ、手籠めにし、篭絡して弱みを握る。
それがアルノスがメタリーナから指示された内容だった。女性の扱いは慣れている上、いかにも初心な――初心すぎて子供っぽかったが、そんな柚良相手ならきっと簡単にいくとアルノスは予想している。
簡単な仕事だが少し胸糞悪い。
だがメタリーナの指示なら仕方ない。
笑みの裏でそんなことを考えながら、アルノスは「任せといてよ」と紫煙を吐き出した。
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