第12話 自覚してもらわなきゃね

 まさに有言実行。

 生徒個人個人の現時点での力量、長所と短所、それを高難度魔法を使える段階までどう伸ばしていくかの確認を柚良ゆらは限られた時間内にやってのけた。その上でバリア魔法の授業を行なったのである。


 バリア魔法も一年生は基礎から。

 二年生と三年生は個々の伸びしろを確認してから細かな指示を飛ばす。


 三年生にもなると他の教員から相応のバリア魔法もしくは結界魔法を学んでいたが、柚良はそれより高位に位置する同種の魔法を教えた。

 さすがに時間内に使用可能になる域までは到達しなかったが、生徒全員にバリア魔法の必要性をわからせるのには十分な熱意だった。


 翌日から受講希望者が前日より増えたのも生徒間での口伝のおかげだろう。

 マユズミはその様子を見守りながら両手の指では数えきれないほど肝を冷やしていた。柚良の才能があまりにも常軌を逸していることが端々から伝わってくるのと、これだけ高度なバリアが必要になるほど強力な魔法を教えようとしていること、そして――この光景を目の当たりにしていない他の教員がやはり柚良を舐めっぱなしであることが主な原因である。

 ここで教員をしているということはそれなりの実力者ということだ。つまりプライドが高い者が多い。エドモリアのような人間もいるが、彼は希少な部類に入るだろう。

 自分の生徒たちが短期間で講師に懐いたのが面白くない者もいる。そういった教員は生徒が懐いた理由を「年若いからだろう」などと思っており、生徒の年齢幅が広いことをその時だけスルーしているようだった。


(加えて今教えているのがバリア魔法だと知って笑ってるのよね……)


 いくらマユズミが魔法の総合担当者でも注意したところで聞いてくれるわけがない。

 校長の推薦で講師に来たことは皆知っているはずだが、万化亭ばんかていに泊めるほど懐に入れた人物だとはマユズミも思っていなかったため、恐らく他の教員も知らないだろう。

 これを伝えれば大抵の人物は大人しくなる。

 だがマユズミが勝手に伝えていいことではない。――実際には一般人相手ならこのレベルの情報は口止めされていない限り井戸端会議の話題程度には出すが、校長であり万化亭の若旦那に関する話だと慎重にならざるをえないのだ。


 つまり、現状をどうにかしたいなら柚良からすべて話してもらい牽制するのがいいのだが――


「ええと、糀寺こうじさん。教員との関係で困ってることはない?」

「大丈夫です! 皆さん良い人ばかりですね!」


 ――柚良自身がミリも気にしていないためどうしようもなかった。マユズミとしてもここで口出しすべきか悩みに悩んでいる状況である。

 そうしている間に週が終わり、学校は休みへと入った。


     ***


「……というわけで、今週の報告を纏めたものを別途用意したのでどうぞ!」

「うん、毎日口頭で教えてくれた分だけでいいかな」


 ノート三冊分の報告を前に蒼蓉ツァンロンはにっこりと笑って言った。一応ぱらぱらと捲ってみたが『花壇の花に元気がなかったので雑草をむしっておきました』だの『一階西端の窓がガタついていたので気をつけてください』だの微々たる報告が大半を占めていたからだ。

 教員たちの報告も今のところ各自のプロフィールに見える。これが必要なのは今の糀寺さんだろ、と言うと柚良は「たしかに」と納得してノートを引っ込めた。

「まだ交流してない人も多くて名前と顔が一致しないことがあるんですよね……沢山お喋りしてしっかり覚えないと!」

「ははは、やる気だなぁ。表の高校じゃそこまで積極的じゃなかったのに」

「そりゃ正体がバレちゃ普通の学校生活なんて出来ないと思って慎重に動いてましたからね」

 でも窮屈で仕方なかったんです、と柚良は緩く視線を下げる。


「――でもここでは自分の好きなことや得意なことを隠さなくても学校に通えるのがとても楽しいんですよ」

「通いたかった高校じゃないのに?」

「それでも、です。だからありがとうございます、蒼蓉くん!」


 ぎゅっと握られた手を凝視した蒼蓉は視線を上げる。柚良の満面の笑みはじつに眩しかった。

 しばし黙り込んだ蒼蓉は柚良の手を握り返し、両手で包むようにしながら笑みを向ける。

「じゃあ糀寺さん、恩返しに今度ボクと遊びに出掛けないか?」

「へ?」

「息抜きに行きたいところがあるんだけど、一人じゃあねぇ、楽しさも半減するってもんだ。そこで君にも一緒に来てもらいたいんだよ」

「私が恩返しすべきだと思うんですけど……遊びに連れてってもらっちゃってもいいんです?」

 もちろん、と蒼蓉は当たり前のように頷いた。

「そこで都合のいい日を聞きたいんだが」

「明日明後日は授業の準備があるんで……来週のお休みはどうでしょう? 土日のどっちでもいいですよ、調整しておくので!」

「なら一泊二日で」

「めちゃくちゃ遊ぶつもりですね!?」

 まあそれなりにと笑った蒼蓉に「じゃあ楽しみにしてますね!」と手を振り、柚良は部屋から出ていった。


 数秒して部屋の一角から突然現れたイェルハルドがなんとも言えない表情で文字の書かれた紙を見せる。


『護衛の都合上訊いておきますが、テーマパークにでも行くつもりですか?』

暗渠街あんきょがいにそんなものないだろ。まあ大型歓楽街でも似たようなものさ、あとベルゴの里にでも寄ろう」

『でもあそこは……』

「糀寺さんにはさ、楽しんで生きてもらいたいけれど――」


 蒼蓉は黒い爪に灯りを反射させ、にんまりと笑った。


「酷い場所に堕ちたってことは、もう少し自覚してもらわなきゃね?」

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