第6話 本当の『素』

 路地で襲われた柚良を助けた赤いポニーテールの男性。

 彼は名をイェルハルド・ホコヅクリといい、柚良ゆらが不思議な名前だなと思っていると、暗渠街あんきょがいのホクオウ地区出身者と表のマホロバ地区出身者のハーフだと説明を受けた。


 説明したのは蒼蓉ツァンロンだ。


 あのあと急いで万化亭ばんかていへと戻り、そこでイェルハルドが蒼蓉の護衛だったと聞いたのである。

 蒼蓉曰く「糀寺こうじさんの実力は知ってるけれど、暗渠街にまだ慣れていないだろう? だから念のため付けておいたんだ」だそうだが、なら初めから襲われる危険性を説明しておいてほしいと柚良は思った。

 紋さえ隠していればもっと安全だったかもしれないのだ。


(それを蒼蓉くんがわかってないとは思えないんだけどなぁ……)


 念のため代金の確認に立ち会いながら柚良はもんもんと考えたが、これから世話になるならこれくらいは我慢すべきか、と口を噤む。

 大変な危険に晒された気はするが、本来ならこれとは比べものにならないほど困った事態になっていたのだから。


(それに珍しい刺青も間近で観察できたし! ああ~、でもスケッチさせてほしかったなぁ、本に載ってたものと見比べて色々検証したかった……)


 男たちは見事に倒れていたためスケッチし放題だったのだが、イェルハルドの早く帰れオーラに気圧されていそいそと帰ってきたのである。

 ならず者に囲まれるより怖かったかもしれない。


 イェルハルドは初対面から異様に苛ついている様子だった。


 彼は生まれた時から声を発せないという。

 故に筆談もしくは手話でコミュニケーションを行なうが、暗渠街に手話の技術は行き渡っていないため、ここでは筆談がメインだそうだ。

 そんな文字ひとつからでも伝わる苛つきは相当なものだった。


(私なにかしたっけ? 護衛ってことは離れたところから見守ってくれてたんだろうけど……おつかいもちゃんと完遂したのになぁ。あの男たちも魔法を使っていいなら簡単にあしらえただろうし)


 いっそ直接訊いてみようか、と蒼蓉の隣に佇むイェルハルドに目をやると、そのタイミングで蒼蓉が代金の確認を負えて札束を揃え直した。


「よし、問題はないね。初のお仕事ご苦労さま、糀寺さん」

「よかった! じゃああとは――」

「ところで」


 蒼蓉は柚良の言葉を制してにんまりと笑うと、パンパンと手を叩く。

 その音で部屋に入ってきたのは璃花リーファと、そして見知らぬ屈強な男たちだった。

 璃花は楚々とした動きで蒼蓉から代金を預かり、頭を下げて部屋から出ていく。

 しかし屈強な男たちはそのまま部屋に残った。


 皆それぞれタイプは違うものの、がたいが良く目つきが悪く実に厳つい。

 表の世界で『ヤクザ』と聞いたら真っ先に想像するタイプの見た目だ。

 柚良が目を丸くしていると蒼蓉は微笑んで「怖がらなくていいよ」と声をかけた。


(特に怖くはないけど……なんだろ?)


 男たちは姿勢を正してずらりと並び、まるで今から面接にでも挑むかのような顔をしている。

 不思議に思っていると蒼蓉が口を開いた。


「そう、こいつらは怖がらなくていい。けれど糀寺さんは今回とても怖い目に遭ったと思うんだ」

「怖い目……あぁ」


 帰り道で襲われたことを指しているのだ。

 たしかにイェルハルドが来なければ魔法で派手に撃退するはめになっていただろう。そしてそれを皮切りに捕らえられ、賞金首として表の世界に引きずり出されていたかもしれない。

 それはたしかに怖いな、と柚良は思う。


「そこで、だ」


 蒼蓉は目を細くすると柚良を見たまま黒い爪で男たちを指した。


「この中から『自分の男』を選ぶといい」

「……じぶんのおとこ?」


 それは男女の仲という意味でだろうか。柚良はそう目を瞬かせる。

 蒼蓉は椅子から立ち上がって机から離れると、イェルハルドを伴って柚良の前まで歩み寄った。


「知らない? 万化亭に関わる男の連れ合いっていう立場は良いお守りになるんだ」

「ははあ、なんとまぁ前時代的な……」

「古臭い人間が多い場所だからね。それに表ほど平和じゃない。力のない者はすぐ餌食になる。……魔導師なら力で劣る女性でも戦えるし、糀寺さんレベルならここでの暮らし方を覚えればなんの心配もないだろうけど――」


 蒼蓉は頭をコンコンと人差し指で叩いてみせる。


「見てきただろ? ここ、馬鹿が多いんだ。糀寺さんが強い可能性も予想せず、女ってだけで弱い生き物としか思わない、そういう脳味噌した奴が過半数なんだよね」

「だからそういう人にもわかりやすい形のお守りを持てってことですか」

「そういうことだ」


 なるほどと柚良は納得したが、蒼蓉は表の世界の女性には受け入れがたいことだろうねと話を続ける。

 一応気遣っているのか、それともなにか他に言いたいことがあるのだろうか。

 柚良はそう少し気にしたものの、思考はすでに「じゃあ誰にしよう?」という方向に傾いていた。


 出来れば年齢は近い方がいい。

 呼びつけられた男たちは年齢幅がそれなりにあるように見えた。

 お守りというなら厳つい方がいいのだろうが、単純に強かったり異様なオーラを発していればそれでいい気もした。柚良より細いということがなければいいだろう。

 性格に関しては全員蒼蓉の命令には従順に見えるので、今は参考にならない。


「うーん……」

「糀寺さん、そこでだ。もしここに居る面子が嫌なら、顔馴染みであるボ――」

「よしっ、じゃあイェルハルドさん宜しくお願いします!」


 蒼蓉が言い終わる前に柚良はにこやかな笑みを浮かべるとイェルハルドの手を握った。宜しくお願いしますの握手である。

 面食らった様子のイェルハルドは目を真ん丸にし、そして柚良の手から俊敏な動きで離れると凄まじい動きでメモ用紙に文字を書いて突き出した。


『なんでそうなった!?』

「イェルハルドさんって横幅はそんなにないですけど、身長は高いじゃないですか。それにこの中で唯一強さをこの目で見たので。赤い髪も威圧感振り撒いてますし、適任じゃありません?」

『ない! 若旦那の前でそういうこと言うな!』

「蒼蓉くんの前で? だって提案したのは……」


 柚良がそう蒼蓉の方を向くと、彼はあまりにも虚を衝かれた表情をしていた。

 まさかその返答は予想していなかったという顔だ。柚良までつられて驚いたくらいである。

 しかもなぜ置いて行かれた子供のような顔にも見えるのか。


(暗渠街での姿が素の姿だと思ってたけれど……)


 これが本当の『素』かもしれない。

 柚良はそう考えると同時に「も、もう一度よく考えてみます」と引き下がった。

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