あたしら、お化けは怪我させない・第一話

神様、迷信、観賞用の学校


1

月例報告

怪我人 1人 年齢 12歳


これは、これは由々しき事態である。

そう記載されている回覧板に向かって、あたしこと、トイレの花子は1人思う。


あたしは非常に焦っている。

お化けなのに冷や汗もたたる。


いきなり、あたしがお化けで色々分からないって?

分かってくれよ。そんなもんに説明の時間をかけてたら本当に、本当に取り返しのつかない。そう、大事おおごとになっちまう。


それは困る。

こっちも生活がかかってんだから。

あ?生活は生活だよ。衣食住だよ、説明させんなよ。


だからさ、とてもマズいんだよ。

あたしらが住んでる廃校舎、獄門堂ごくもんど小学校にはどんなに古風で、由緒正しい妖怪であっても守らなければならない事があるんだ。


それが脅かされちまってる。

ダルいことにな。


唯一のルール。

絶対遵守の、一味同心の注意事項。

だから、あたしらしてないはずなんだ。


ふと、あたしことトイレの花子は口からこぼす。


「あたしら、お化けは怪我させない。」


2

位置は三階B棟。

A、B、C、Dという四つの棟で構成される我らが校舎のうちのB棟である。


モロにあたしの住んでるフロアじゃねえかよ。

安くなかったんだぜ。


西向き、湿り気あり、汚れ少なめ、窓側森に面しており日差し悪し。

こんな最上級立地が安いわけは無かったが、ある友達のツテもあって条件付きでトイレの一室を借りることが出来た。

ある条件というのが、その友達である、神ちゃんという娘との同棲、今時で言うとシェアハウスなのだけれど。

それでも夢のワンルームの住み心地は悪い部分など一つもなかった。


手放したくない。

朝日のささないリッチな立地のフロアなのだ。

朝起きなんてまっぴらだぜ、夜まで寝てるのがお化けのセオリーだろ?


なぁ、聞いてるか?


「聞いてる、聞いてる。まずは落ち着きなって花ちゃん。」

落ち着けるわけは無いだろうと言いたかったが、真剣に返すのも馬鹿らしい。


何せ、片手にスマホを持って、カタカタと画面を打つ姿が前にあるのだ。


冷たい廊下に右腕で頬杖つきながら、スマホを左手で打つ。

これがあたしのもう1人の友達のテケテケちゃんである。


同期でここに越してきてからもう十数年来の仲だ。


つーんと視線だけを送ってやった。

くらえ、くらえ。

いつか花子さんの視線に呪い効果がついた時に、かかとに痒みでも起きてしまえ。


「花ちゃん、色々あったけどさ、あーしと花ちゃん2人で楽しかったよね。」

確かに、十年一昔、日に日に消えていく友達の影を追いながら、あたしたちは生活している。

今思えば、2人で色んなことがあった、っておい。


話を逸らすなよ。

ここから十数年の回想なんて要らない。


十数年を語るために、十数秒後の生活が無くなりかねない。

それだけは避けねばならないんだ。


危うく、最後の生命線である唯一の時間さえ断たれるところだった。

テケテケだけに断たれるなんてシャレを言いたいわけでは決して無いのだが。


そう、時間が大事という話だ。

現在、午前3時。

丑三つ時の終わりから30分。


先ほどまで、スタンバッて定位置に着いていたのだが、回覧板を読んで見ればあらビックリ、怪我人が出ているでは無いか。


朝6時になれば、監査部隊がやってきてしまう。

そしたら、あれよあれよと事は運んで、いくらでも牽強付会に結果だけを出すのだ。


最悪、濡れ衣を着せられかねない。

今から3時間。

その間にあたしは潔白を証明できなければ強制追放。

2度とここには戻って来れなくなる。


「でも、やってないんだから仕方なく無い。花ちゃんは見たの?その怪我した子供。」


見てない、何にも見てない。と言えれば、楽なんだけれど。

あたしは見てしまっているのだ、彼女の姿を。


まぁ、後からわかった事だけれど。

今回、怪我をしてしまった女の子の情報が回覧板には載っていて、それと今日見かけたというより、今日訪ねてきた女の子たちの1人と見比べた結果なのだけれど。


「それはマズいじゃん。場所も確か3階で、トイレの目の前って言ってなかった?」


言ってるんだよ。これが。

流石にスマホから目を離してくれてありがとう、マイフレンド。

そして、さらに焦らせてくれてありがとう、マイフレンド。


「じゃあ、何?花ちゃんが驚かせた子供がトイレから帰る時に転んで、あーあってこと?」

そんなの、ほぼ花ちゃんのせいって事にされかねない案件じゃん。と続ける。

弱々とであるが、テケテケの顔にも焦りが浮かぶ。


そうなんだって、ヤバいんだって。でも、何の状況の変化もないけれど、こんな友達の顔が少し歪むだけでも安心する。


「見たって言ったけどさ。ということは彼女たちの目的は花子さんを見にきたって事でいいのかな?」


いや、多分違うと思うぜ。

あたしは自論を展開させる。


昨晩の4人集団。

女の子組は一通り回ってる感じだった。証拠ってのは無いけれど、しらみつぶしに回ってるというか、色々試そうという感じがしたな。


ほら、分かるだろ。

学校に忘れ物取りに来たやつと、肝試ししに来たやつじゃ顔つきとか、服装とか、奴らは校舎のそれだったんだよ。


絶対肝試ししに来てた。

後で、門番にでも聞けば分かる。

他にはいなかったのかと聞かれれば、はっきり言えないが、少なくとも戸を叩いたのはそのグループだけだったぜ。


あたしが気づくことが出来るのはその条件だからな。



3

お化けを見ることが出来ない人間は見る条件を達成されていないからだ。

お化け間の常識ではそういう言われ方がある。


いわゆる、人間。

彼らが住んでいる世界を人間界というなら、我々お化けにもアイソトープ、同じであって違う世界。同じように重なって存在するお化け界が存在する。


改めて、ではお化けを見ることが出来るとは何かと言えば、この人間界とお化け界を接続させることが出来ることを指すのだ。


お化けを見るというのは、お化け界を色眼鏡を重ねて見ているようなことと思ってくれれば大方理解できている。


上に重なれば見る世界が変わる。

一昔前にあった、赤と青のフィルムグラスを通せば、3Dに見えるようなそんなもの。

それくらい、簡単に浮かび上がってくるものさ。


加えて、その赤と青のフィルムというのが何かと言えばそれが条件なのである。


世界を開く鍵というのかな。

例えば、それがあたしことトイレの花子さんでいうならば、「学校のトイレの扉を3回ノックした人間」なんだけれど。


ところに、トイレの花子さんと言えば、学校の3階の3番目の扉を3回ノックしたら「はい」という返事をするというものもある。

というか、そちらの方が有名だとあたしだって知っている。


だからというか、そのため、3階、3番目のトイレに閉じこもっていたのだけれど。


今晩もこの廃校に入ってくる人間が、楽しげに肝を冷やしながら3回ノックするのを待っていた。


そしたら、来た。

女の子組の彼女らが来たのだ。


コンコンコンとスリーノック。

誰がどう聞いても、軽快なノック音であったのは間違いない。


あたしも浮き足だった。

名のある廃校だけれどだからと言って、毎日なだれ込むように客が来るわけじゃ無い。


だからこそ、出ることが出来なかったんだけれど、出たくても出れなかったんだ。


音のしたのが、準備万端でいるあたしの横の扉だっことに気がついてしまったからだ。


どうやら、彼女たちは3階3番目3回ノックは知っていたようだけれど、これは不幸中の幸いか、(肝試しだから本望か)何と3番目と言っても奥から3番目をノックしてしまった。


我らが校舎の女子トイレは片側四つ設置されていて、手前からと奥からでは決して違う結果になる。


女子生徒「花子さん、いますかー?」

います、いますけれど、出れないんですよ。

あなた達のノック場所から違う場所から、「はい」と答えて、何となる。


気づかず扉なんて開けていたら、廃業ものの恥になりかねない。

出れないんだよ。こっちもノックしろ。


女子生徒「はーなこさん、遊びましょ!」

遊びたいんだよ。

住所くらい調べてこいよ。

お前らはよく調べもせず、大体ここだと隣の家のピンポンを鳴らすのか?


いいから、諦めてこっちもノックしてくれないか?


数分、女子生徒達は何も無い扉をノックした後、去っていった。


「つまり、花ちゃんは存在こそ、人間界に呼ばれたけれど、人の前には出れなかったと言うことか」

災難だね。とテケテケは笑う。


そう、確かに世界は繋げられたが、彼女たちの顔すら私は見ていないのだ。

いたのは知っているが、知らないのだ。


結果そのあとは何も知らない。

トイレの目の前で怪我しようが、恥が勝ってトイレから終始、出れなかったあたしには皆目見当もつかない。



テケちゃんは何してたのさ。


「あーしは4階にいたよ。だから知らないんだよね。まぁ、肝試しほど、道順の効率を気にしない遊びも無いだろうし、彼女たちはもれなく、1階から2階、3階へと登ったんだろうね」

そこで、怪我したから、それ以上は登らなかったと。テケテケは締めくくる。


綺麗な若い足だったよ。

トイレの下から頑張ってのぞいて、手に入れた数少ない情報を彼女に伝える。(ここで手に入れた靴の情報で先ほど回覧板の容姿と見合わせたのだ。)


「あーしは別に綺麗な足が欲しいんじゃ無いのよ。あーし、こう見えても女子高生なのよ。サイズ感があるの。ほら、あーし結構美形じゃん、ナイスバディじゃん、腰から下は無いけどさ」

どう見ても、一生小学生であるあたしからすれば、テケテケが高校生という年齢であり、ある程度出るとこ出ている年頃なのは知っている。

見れば分かる。


それでも、そういうのは当てつけか?

当てつけなのか?


「そうやって、すぐピリピリしたんじゃないの?キレ症だから。おかっぱの先から、赤いスカートまでミッチリ逆鱗じゃん。それで、勢いづいた足を壁にぶつけた音が出てとかそう言う不慮の事故の連続なんじゃ無いの。それより、このスマホって言うのこれの操作方法教えてくれない?」

あれ、今結構なこと言われなかったか?年季だけ入ってる脳みそだから、文章の構造が二分割されていると後ろしか理解できない時がある。


えーっと、スマホが何だって?

操作なんて、知るわけないけれど、女子高生語るならそれくらい知っておけ。

こちとら、the古風で売ってるねんぞ。


「そんなこと言わないでさ。あーしの女子高生らしさは言わずもがなだよ!何で足を求めてるのって聞いてみて!」


え、面倒だな。

足を求める理由、電車に轢かれて上と下に切断されたのに、置き去りにされた私怨じゃ無いのか?違うのか。

何か理由が?

もう、さっさと伝えろ。いいから伝えろ。


「聞いてよ、花ちゃん。聞いて、聞いて」


はぁーーーぁーぁー。

ナンデナノデスカ?(二十世紀のロボット風で聞いてしまった。)


「腕が太くなるから。キャピーン」


ふぅ。

もう何回目か。

死んでいる友人に死ねと言ってやった。

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