クラウソラス死すクライシス・第三話
10
「探偵さんは何を調べるおつもりなのですか?」
上水流は不思議そうにこちらに応対する。
「この国について、ひいては例の祭りについて調べをつけようかなと考えています。」
「そうなのですか!てっきり隣国について調べるものとばかり思っていました。」
本当に驚いたように、身振り手振りする。
先行する足が踵の返さんばかりである。
足を止められては、時間がかかってしまうと思い、僕は言葉を続ける。
「正直に申せば、もう事件は八割が解けました。あとは僕の興味の部分と言って差し支えないものです。言うなれば…いえ。そうだ!上水流さんも国の成り立ちについて何か知っていませんか?」
「国の成り立ちというのには見識はありませんが、祭りのことなら少し知識はありますよ。」
「祭りの話はことの根幹に関わる可能性があります。聞いていいですか。」
僕の言葉に男の顔が疑問を呈する。
数百年続く伝統の祭りと、今回の剣の話が繋がらない様子である。
「私が知っているのは、まずこの祭りの一通りの流れでしょうか。祭りの進行は第一に男たちが剣を持って、広場の中心に集まり、剣を合わせていきます。決意表明と言うのでしょう。場所はちょうど、クラウソラスの目の前になります。」
「その後、剣を携えた敵方の騎士が現れ、戦いを模した舞踊を行います。ここが最大の見せ場ですね、いかに大きく剣を振り上げ、巧みに舞踊を踊るかが出来を左右します。」
「そして最後に戦闘に勝利した男たちは火を囲み、更に勝利の踊りを行うというものです。ここは住民総出で踊る場所です。儀式めいていなく、祭りと言われるのはここの部分の有無が関わっていると思います。」
「詳しいですね。他の人にも話は聞きましたが、それほどまで知っている人は居ませんでした。」
「そうでしょう。祭りと言えど、かの誕生祭や収穫祭のように宗教的ではないものですから、楽しめれば良いと言う人が多いのだと思います。」
意気揚々と語っていた彼だったが、今の祭りの現状を話すに際しては少し思うところがあるようだった。
何か言おうとしたが、男が続ける。
「到着しました。ここが国立図書館です。」
立派な石建築を前に、タラーっと見せつけるように大きく男は手を開く。
11
「どうぞ、ではごゆっくり。私は外で待っていることにします。」と、言って、僕と男は別れた。
猫は立ち入り禁止だろうと考えたが、別に思考は必要無かった。
比較的新しい本が多く並ぶ。
ここから、歴史書を探すとなると非常に厄介だな。
まぁ、しかしシラミ潰さないと意味が無いから仕方ない。
本末転倒でも、先に歩かなければいけない、みたいなものなんだ。
一人になり再来する下手な例えを頭に掲げながら、調べ物を片付けていく。
国の歴史、祭り、国の地形・設計、隣国との貿易関係、そこらを重点的に調べた。
………
入り浸り3時間。
必要な情報は手に入れることが出来た。
何より、確かにそれが無かったということが確認された。
満足して、内装まで凝りに凝った図書館を後にする。
『ご主人様よ。』
久々の声が聞こえた。
『誰も知らんかった。』
僕の足元、黒猫は小さな肉塊を投げ捨てた。
ネズミの死骸の白い腹がこちらを向いた。
12
三ヶ月後。
事件は途端、収束の一途を辿った。
僕はと言えば、研牙少年宅へもう一度伺った後、さっさと自宅へと帰還していたわけで、改善には一切力を貸さなかったし、ある一つを除いて何もしなかった。
行動を起こしたのは、研牙少年と、上水流いや、
偽名というか、時代の流れの結果か。
『ご主人様よ、かの国、クラウソラスの作った国が新聞に出ておったぞ。復興都市のモデルとして。まぁ、この形が自然ではあるよな。』
自然な形に返ったと黒猫はかの国を評価した。
種明かし。
僕がした一つのことというのは探偵なのだから、謎の解き明かしなのだけれど、その内容は実に単純なものだ。
絶対に自然には運ぶことも、壊すことも出来ない聖剣クラウソラス。
破壊することはできるのは、二本の剣。動かない聖剣エクスカリバー、見つからない聖剣ミストルテインのみであった。
『いつから、この答えを考えていたんだ?ご主人様よ。』
「流石に初めからとは言えないけれど、聖剣の話を上水流さんに聞いた時点で、破壊はそれらの剣では無理だと思ったよ。だから、ことの解決はクラウソラスの自殺であるという線で進めた。」
伝説の剣であれば、もう一つ選択肢があった。
クラウソラス自身である。
ただ、柄を引っ張り伸ばしたり、面を曲げることは出来るが、折ることも、捻ることも出来なければ、刀身にその刃を当てることは出来ない。
出来るとすれば、刃先側から刃に触れず、切先を刀身にまで伸ばして運ぶ方法であった。
地面にある剣は、位置が完全に固定されているとは言っていたが、だからこそ、例えば地面の中に穴が空いていても剣はそこに沈み込まない訳である。
地面に穴が空いている、例えば、水を流すための暗渠が設置されていたとか。
しかし、この方法にも二つ条件があった。
一つ目に、刃先が地面の中から確かに露出しているという条件。
これを確かめなければ、露出していなければ、刃先から伸ばすとかは幻想である。無駄も無駄であった。
二つ目に、住民がなぜか暗渠の中を一切調べなくても良かったのかという条件である。
暗渠の中、用水路の中、定期的に管理が入るべき場所であるはずであり、そもそもそこに入れば剣が露出していることなど、周知の事実であったはずで。つまりなぜか、人はそこを管理するという必要性を一切持っていなかったことになる。
『それらの条件を与えるのが、クラウソラスの恩恵、つまりは価値であったわけだな。』
クラウソラスの恩恵。
人が無くなって気づいた恩恵。
その正体はもちろん、直接的にファンタジーで疫病を止めることでは無い、食物へのいい影響でも無い。答えはいつも住民が見ていたもの。
光だ。
かの剣の強すぎる光は、水路の中をも照らし続けていた。
厚い石で光が防ぐことが出来るのは分かっていたから、この光が地上のものではなく、地下で直接発されていたものだと考えた。
『そして、強すぎる光は、その可視光を持ってネズミなどの有害生物の繁殖を完全に否定し、不可視光を持って殺菌、水質改善を行い続けていたわけか。』
よって、水はつねに。
そこは伝説的に数千年にもおよぶ年数を守り続けていた。
誰も、地下に入らなくてもいいほどに劣化しなかった。
『これで、条件1(地下に光が届く穴がある)は完璧ではあるが、条件2(誰も知らなかった訳)は部分的であるよな。破壊されて後、なぜ住民が水路を一切調べないのかそこが分からない。ネズミも水質汚染も知らなくはあるまい。』
いや、住民の全てが知らなかったんだよ。
クラウソラスの価値をなぜ知らなかったのかと同様に、全員がネズミも水質汚染も知らなかった。
その答えがかの祭りにあった。
祭り、数百年前に起こった国の成り立ちに関わる事件の再現。
あれは革命の祭りだったのである。
前国家時代、
祭りの概要はそういうことであったのだ。
そして、火である。
かつての農民は燃やした。
価値と過去を燃やした。
歴史ある書物のその全てを、燃やし尽くした。その大火を持って勝利とし、解放を宣言されたのである。
その時にはすでにクラウソラスは存在したから、光はつねに煌々と地上と地下を照らし続けていた。
絶対に変わらない。
光による水の完全洗浄。
人は記録を無くし、クラウソラスの価値を見失い、他国からは情報も得られない、そして新たな価値を見出すこともなかった。
あるものは当たり前にあるとものであると過信し続けた。
結果、誰かが破壊し、国は全域に及び、ネズミによる食糧の品質低下。細菌、小動物の死骸などによる水質の低下。それらに伴う疫病の蔓延に繋がるわけである。
僕はこの推理を持って、研牙少年、上水流さんに話をつけた。
もとより、研牙少年の依頼は血の呪いの洗浄であったし、今の国の厄災と呪いの無関係を証明すれば良かった。
上文は犯人を見つけられなかった言い訳だけれど、探偵は神様じゃないんだ。そんなものは聖剣にでも祈って聞けばいい。
まぁ、それでは今までのことは無かったことに出来ないであろうから、少年にはネズミの駆除と浄水の方法を提案しておいた。
少年を改善のために最大貢献した人間に仕立て上げた形である。
これで、嫌がらせをした連中を声を大には出来ないはずだと思う。
それだけは祈るばかりだ。
最大限、宣伝のためには革命家の血を使わせて、貰ったけれど、上水流さんは嫌な顔をしなかった。
純真といった感じだった。
危うく、僕も彼に惹かれてしまうところだったが、いやいや求心の血は恐ろしい。
かくして、新聞にはある笑顔の少年の姿が堂々一面を飾っている。周りには手伝った同じ世代の子供たちも映る。
願わくば、彼らの関係が上辺だけのもので無くあってほしい。
暖炉の前を黒猫が陣取る。
僕はかつて座り損ねた安楽椅子の分、深々と腰を落ち着けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます