あたしら、お化けは怪我させない・第二話
4
「これからどうするの?花ちゃん」
とりあえず、門番さんにでも話を聞きに行こうかと思ってるけど。
実際、昨日来ていた人間というのが、彼女たちのグループだけとは限らない。深夜なんて時間だ、来る人間は限られるし、来ていればグンとその人間の犯行の可能性も高まる。
「おけ、そんであーしと花ちゃんだけで行くわけ?かわいい、かわいい神ちゃんとか。今日はいないの?」
あたしの誇らしいルームメイト、神ちゃんをかわいいとは見る目がある奴だ。
一回死ねと言った事は無しにしてあげよう、とあたしは心で念じる。
今日はね。買い出しに行ってもらってるんだよ。どうにもあたし達みたいなのは外って行きにくいし、生きにくいからね。
「トイレに湧いて生きてるもんね。あーしもそんなだから分かるよ。花ちゃん」
湧いたりせんわ、便座の雑菌みたいな表現じゃないか。
言い方に気をつけな、呪い殺すぞ。
「神ちゃんに会えないのか、残念。まぁ、今日のところは花ちゃんで我慢してあげるよ。キュピーン」
何もキマッてなどないが、渾身の決めポーズには拍手でもしておこう。
うん、すごい。
図太さ女子高生ってカンジ。
一周回ってもう魅力的でさえあるね。
これを狙ってやってるんだったら、凄腕の策士だけれど、そんな奴じゃ無いんだよな。
凄く凄くない奴なんだよ。
「花ちゃん、この文章の構造上、花ちゃんのセリフにカッコが付いてないから、口頭なのか、心の声なのか分かりづらいから説明するけどさ。今のほとんど聞こえてるからね。」
おっと、これはマズイ、テケテケに呪われる!
ま、最悪呪われても良いけれど、女子高生の筋力を利用した攻撃だけはやめて欲しい。
痛いから。とても痛いから、とりあえず、気持ちを沈める方向に持っていこう。
落ち着けよ、テケちゃん。
興奮しても良い事ないぜ。
「そんなこと言わなくても、そんなこと言わなくても」
「あーしが魅力的なんて知ってるのに!」
恥ずかしいなっ!、とあたしの肩を強めも強めに叩く。
吹き飛ばされる。
吹き飛ばされながら、考える。
魅力的?言って……はいたか。
モノの見事にこの女は文章の上部分だけをかいつまんで受け止めた訳だ。
テケテケだけに上半分ってか。
笑えねぇよ。
地面に不時着。
まだ肩の震えが止まらねぇ。
笑えねぇ状況なのに筋肉が笑ってやがる。
もしかして、本当は全部聞こえてたんじゃ無いだろうな?
この前足筋肉ゴリラが…。
痒くなりつつある肩を手でさすりながら、テケちゃんの顔をマジマジと見る。
悪意なんて風はこれっぽちも見られなかった。
全く気持ちいい顔してやがる、死ね。
5
ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタ
「また、いつもの発作ね、花子ちゃんの。」
「そうなんよ、失礼しちゃうよねー。あーしの足音そんなに気になるかね、いもママ?」
脳みその表層に言葉が右から左に這っていく。
ここはどこ?あたしは誰?
ペタって、ペタッと、ペタ?
「いい加減にしなよ、花子ちゃん。わたしの話を聞きに来たんじゃ無いの?」
話、何のこと?ペタ以上に何かあったっけ…。
ペタ、ペタ?
あれ?
ペタに沈んでいく。
沸き立ての風呂のように暖かだ。眠い、もう眠いんだ。
「花ちゃん、しっかりして。起きないとあーし退屈だよ。あれ、聞こえても無いのかな、ちょっと叩くか」
あっ!
危ない、危ない。
起きてるぜ。起きてる、起きてる。
やれやれ、危ないところだったぜ。
いや、別に寝てるフリをしていた訳じゃないぜ。
ペタペタ言い続けて、馬鹿にしたり、友達を狂わせた罪悪感を植え付けてやろうとか思ってないぜ。
全く、頭がペタでゲシュタルところだったぜ。
……
もう、理科室に着いていたのか。
いもママ、こんばんは!
「こんばんは、いらっしゃい花子ちゃん。改めて、テケテケちゃんも、いらっしゃい」
目の前の人物はあたしに礼儀として挨拶する。
一階に理科室をそれぞれの棟ごとに持つこの
昼は寂れた理科室がただひっそりと佇むだけであるが、それは夜には一変する。
ミラーボール吊り下がり、昭和歌謡で場を賑わす清く正しいバーへと変貌する。
そこのママであるのが、彼女。
人物として、人物。
人でありながら、物である。
わたしこと「動く人体模型」のいもママである。
人体の『い』と模型の『も』を繋げて『いもママ』。
決して、いも臭いわけでは無いから悪しからず。
ちなみに外見は男の模型であるのはここだけの話である。
「違うのよ、花子ちゃん。外見は男であろうとも、中身が女なら良いのよ」
それはもう女なのよ!いもママは闊達に述べる。
LGBTQの関心がこんな廃校の理科室にまで達しているのか。
精神つまり心が女なんて、証明の難しいところだけれど、生きたいように生きれないのは辛いだろう。
いもママもそれと闘っているのか。
がんばれ、いもママ。
「あら、花子ちゃんありがと!でも、大丈夫よ。中身のつまりは心の証明はわたしには要らないから。自分だけが知っていればそれで良いのよ!」
カッコいい!
周りの視線なんて気にしない、これくらい強く言葉を発する存在に憧れる。
こう言った気持ちいい意見をあたしも持ちたい!
「胸の内にそう。確かにあるの、わたしの女である部分はある」
剥き出しの胸部を抑えるようにするそのママの姿は聖母の様であると花子は思った。
男性とか、女性とかは無いのだ。
その心持ちが彼女をここまで純然な女、母親たらしめているのだろう。
ママはママなのだ。
「ほら、花子ちゃんも触ってみて」
そう言って、いもママは己の身体から心臓を抜き取る。
わぁ、ほんとにあったかい。
今はなき母親の温もりを感じるよ。
手に持つ脈動する心臓をカイロでも持つ様に大事に大事に矯めつ眇めつする。
あれ、何か黒い文字で書いてある。
『きょうこ』かな?
『きょうこ』って何のことなのママ?
「あぁ、それの元々の持ち主よ。友達の京子ちゃん」
えーっと、ちょっと待てよ。
おかしいな。元々の持ち主って?
「だから、京子ちゃんの心臓を交換してもらったのよ。さっきも言ったけれど、中身のつまりは心、心臓は女なのよ。わたしだけが知っているの」
あぁ、友達の京子ちゃんも知ってるし、今花子ちゃんも知ったかー、といもママ。
誰が知ってるかなんてこの際どうでもいいわ!
おい、ママ。あたしの純粋な憧れを返してくれよ。
自分だけが知っていれば良いって、気持ちいい言葉だと思ったのに。
気持ちいいどころか、気持ち悪すぎるぜ。
「ちなみに膵臓と、脾臓は真子ちゃんで、肺と気管は信子ちゃんよ」
聞きたく無い、聞きたく無い。
一時でも、憧れた人物の中身の、本当の意味での中身の話なんて聞きたくない。
なぁ、ママ。こっちから話逸らせて済まないんだが、話に入らないか?
「でもって小腸、大腸は煌子ちゃんでしょ。それで、それで…」
6
「はい、一酸化二水素。でも、ほんとに花ちゃんシラフで過ごすつもり結構ストレスすごいと思うけど」
言いながら、消毒用の70%エタノールの入ったグラスをテケちゃんの前に流す。
流石にこういう状況だからこそ飲めないだろう。というか、テケちゃん。
友達がこんな状況なのだからお前は控えろよ。
「いや、だってママがサービスって言うから。ねー!」
ねー!って。ママも加担しないで、こいつ高校生キャラで売ってるんです。
「それで、例の件だよね。今晩出てしまった、怪我人の話。」
「噂によるとね。
打ち身なんて、転けたくらいで出来るじゃないかと思わないでも無いけれど。
ではなぜ転んだかと問われれば、それに答えがあるならば何かしかの影響があったとしか。
その女の子グループの誰かが驚かせたってことは無いんだよね?
「これも噂だけど、無いみたいね。他の階で彼女達を見た子達が言うには。相当、全員がビビってたみたいだから。ある一人がおちゃらけて輪を乱すようにも見えなかったって話よ。わたしも見てるしね」
やっぱり、この条件で人がいないなら、誰か、お化けの失態なのか。
「そう言う場合、ちょっとした、音。そう、ガラスを揺らすとかその程度で済ますんだけど。目の前に現れたり、どの子かがやり過ぎたのかなとわたしは思うね。それは上も同意見みたい」
「しかも、場所が場所だしね。花子ちゃんは危ないだろうね。今でこそ、静かだけれど証拠が集まってきたら、強制撤退ってことにもなりかねないね」
タイムリミットはやっぱり明日まで。と、いもママも無常に冷静に断言する。
昨日、本当にここには他に立ち入りは無かったのか?
「無いわね。知ってると思うけど、わたしが人間界と繋がる条件は、その人間が怖がりたいと思ってることなのよ。だから、深夜の遅い時間、こんな心霊スポットに狙ってやって来る人間が見えないはずがないでしょう。」
だからこそ、わたしたちは門番と言われるのだから。と加える。
「でもそうね。可哀想な花子ちゃんに手助けになるかもしれないし、ならないかもしれないヒントをあげるわ」
「音楽室に行きなさい」
もしかすれば、あなたなら何か分かるかもしれないわ。
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