歌声に誘われて

 ―――なんて夢を見てしまったんだろう。



 薄闇うすやみに染められた天井を見上げ、シュルクは大きく息を吐き出す。



 こんなに不快な夢を見たのは久しぶりだ。

 思った以上に、今日のエルトの捨て台詞ぜりふが胸に刺さっていたらしい。



「最悪だ。」



 顔をしかめ、シュルクはごろりと寝返りを打つ。

 そんな自分の胸の内で、感情が荒ぶっている感覚がする。



 ―――本当は……



 なんだか、無性に叫び出したくてたまらない気分。

 こんな衝動なんて、もう収まったと思っていたのに。



「いつまで引きずるんだ。」



 他でもない自分に向けて呟く。



 理解しているではないか。

 いい加減、受け入れなくてはいけないのだと。



 すまない、と。

 たくさんの人に頭を下げられた。



 分かってくれと懇願する両親の涙も見た。

 自分の事情を理解してくれる人もいる。



 これ以上、何を求めるというのだ。

 十分に恵まれているのに、今さら手に入らない普通なんかを求めてどうする。



 割り切ったはずじゃないか。

 これは、自分と皆を守るための判断だ。

 こうするのが最良だったのだと。



「………だせぇ。」



 ぽつりと呟き、シュルクは上半身を起こしてベッドから足を下した。

 窓際に近寄ってカーテンを開き、その向こうに広がる夜空を見上げる。



 自分が空で昼寝をするのが好きなのは、きっと自由に憧れる心の表れなのだろうと思う。



 誰も上がってこないような高さまで飛び上がって、目を閉じて心地よい風を浴びる。

 そうしている間だけは、町の人々とも切り離されて一人になれる。



 少しだけ……自由になれた気がしたのだ。





 ―――――





「……ん?」



 シュルクは首をひねる。



 今、何か音が聞こえたような気がしたのだが……



「………」



 耳を澄ましてみると、今度は確かに聞こえる。



 微かな声。

 いや、これは歌だろうか。



「なんだ…?」



 窓を開けて周囲を見回してみる。

 しかし、声の小ささからも分かるように、この近くに声の主はいないようだ。



「………」



 シュルクはぐっと唇を噛むと、窓に足をかけて一気に外へと飛び出した。



 いつもなら、特に気にしなかったと思う。

 でも、今日は夢のせいで気分が沈んでいたし、どうにかして気を紛らわせたかった。



 それに―――なんとなく、この小さな歌声に誘われているような気がした。



 聴覚を研ぎ澄ませて、声の方向を探りながら星空の中を進む。

 その少女を見つけたのは、家から十分ほど離れた噴水広場でのことだった。



 深い藍色のドレスに身を包んだ彼女は、噴水の縁に腰かけて、地面を見つめながら歌っていた。



 どこかうつろな灰色の瞳と透き通るような白い肌に滑る白銀色の長い髪がとりわけ目を引く。



 月明りをキラキラと反射する噴水を背後にたたずむ少女の姿はどこか幻想的で、見惚みとれるには十分な光景だった。



 少女の綺麗な歌声がつむぎ出す旋律は、どこか悲しそうで……



 声をかけることも忘れて、シュルクはしばし少女を見つめたまま立ち尽くしていた。



 そうしているうちに人の存在に気付いたのか、歌う少女の睫毛まつげが小さく震えた。

 ゆっくりと、その顔が上がっていく。



 そして―――目が合った。



「あ…」



 少女が、そんな間抜けな声をあげる。



 呼吸すら止まりそうな無の時間。

 互いに見つめ合い、息を飲む。



 なんだろう、この感覚は。



 全身がざわざわとあわ立つ。

 普段は意識しない心臓の音が、低く大きく脳内に響いてくる。



 少女は心なしか、青い顔でこちらを見ていた。

 目の端に光っているのは、涙だろうか。



「あの…」



 一歩踏み出し、少女に向けて手を伸ばす。

 しかし―――



「うわっ!?」



 伸ばした手は、突如として胸元から発せられた強い光に遮られてしまった。





 あまりに強い光は視界を完全に潰し、脳裏までもを真っ白く染めていくのだった―――……




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