10 ミッキー・ロークよりは

 ……というのが、春休みに起こった銀行強盗事件と犯人逮捕の顛末てんまつであり、マスコミと警察からの連絡と、麗人れいとおよび黒川くろかわからの直接の聞き取りで、余村よむらが把握した事件の全容(と推測される)であった。高校生ふたりが、居合わせた銀行で強盗事件に遭遇し、とっさの判断で、人質を救出し、犯人の身柄をとりおさえて警察に突き出した。……かいつまめば、立派な美談であり、非の打ち所がない武勇伝である。確かに、並大抵の高校生にできることではない。しかし、そもそも高校生が対応してよい事案であろうか。危険だし、警察にまかせるべきだったろうと余村が説教すると、麗人はええーっという顔になり、猛然と抗議してきた。

「じゃーさー、あのキレイなお姉さんが、あれ以上危険な目に遭っているのを放っておけっての? イヤだよ、ナンパ師の風上にもおけないじゃん、そんなの。オレ自分が人質になった方が百万倍マシだ、実際なんとかなったんだしさぁ」


 ……余村は返す言葉がなかった。義侠心と正義感をちゃんと持ち合わせ、実行力さえ兼ね備え、ひとつの説教に速射砲で反撃してくるこのふたりに、何をどう言って聞かせればいいのだろう。麗人と黒川は事件後、警察の事情聴取で、マスコミに顔や名前や学校名を出さないで欲しいと申し出て、感謝状の贈呈も断っている。奥ゆかしい? いや違うだろうと、余村は推測している。自分たちが有名人になってしまったら、好き勝手に暴れにくくなるからというのが理由ではなかろうか。警察から照会を受けた学校は驚き、慌てて余村は、翌日に麗人と黒川から話を聞こうとしたが、当日は黒川があくびしながらひとりでやって来ただけだった。麗人は、事件でお近づきになった女子大生といつの間にやら連絡先を交換しており、さっそくデートに出かけたのだという。黒川の方も、余村が何か口にする前に「30分したらバイト行っていいすか」などと言い出す始末で、当事者意識がどこにもない。余村は頭を抱えながら、聞き取りの日時を再セッティングすることで妥協したのだった。


 そう、当事者意識の欠如、かわいげがない、おもしろがっている……というやつが、このふたりの行動の最大のポイントかもしれなかった。要するに、「無我夢中でした」「怖かったけど、勇気をふりしぼった」などの、一生懸命な姿勢が見えない。いじらしさとか、必死さとか、よくがんばったなとほめたくなる態度が、皆無なのだ。むしろ、ついでに片づけときました、と言わんばかりの余裕さえ見える。銀行強盗の人質を助けて犯人の身柄を確保したのは立派な功績だ。が、ナンパをしたり、手品を無駄に披露したり、漫才を繰り広げたり、あの場でやることなのかと言いたい。いや実際に、麗人と黒川にはそう苦言を呈したのだが、奴らは堂々と言ってくれたものだった。

「いーじゃん、もう犯人つかまえた後だし、警察だってすぐ近くにいたし」

「本来、金おろしに来たんだ。強盗の方が邪魔に入ってきたんだよ。しかもこいつがアホなボケかましやがって……」

「失礼ねぇ、ボケとはなによ、あの場ではるかちゃんの素性が出ないように、けむに巻いてあげたんじゃないの。ちょっとしたジョークよぉ」

「ミッキー・ロークはねえだろ、せめてスティーブ・マックイーンとか……」

「ふたりとも黙れ!」

 余村は肺活量を総動員して、またしても始まった漫才をようやくぶった切る。


 ……そう、あのときもえらく消耗したんだったなと、余村は振り返った。銀行強盗をとりおさえた、勇気と行動力にあふれた「お手柄高校生」を相手に、どうしてこんなに疲れなくてはならないのか。余村は重いため息をついた。思えば受難はすでに、年度当初からとっくに始まっていたのである。

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