07 古典的な手法

 木坂きさか麗人れいと黒川くろかわはるかのふたりを、問題児というカテゴリーに単純に放り込んで知らん顔を決め込むには、若干の無理がある。というのも、世間一般では「武勇伝」と称してよい活躍を、いくつも成し遂げているからだ。ただ、彼らの内実を知る立場から言えば「お前らちょっと待て」と言いたくなるやり方なのである。そう、まさに、ついこの間起こった事件によって、余村よむらはへとへとにされた経緯いきさつがあるのだった。もっとも、あのふたりが事件を起こした張本人ではなかったのだが。


 ……まだ、街が桜の花に色づいていたその日は、春休み期間も終わりかけという時期だった。遊びにでも行こうと考えたのか、木坂麗人と黒川遥は連れだって、とある銀行の支店に入った。昼前という時刻である。年度が新しく変わって間もなかったため、支店の内部はたいへんな混雑でごった返していたという。黒川はATMを利用するために、行列のしっぽにぶら下がった。麗人は邪魔にならないよう壁際に寄って、女性の利用客や従業員をにこにこと眺めていた。ほんのわずか目を離しただけで、黒川の後ろにもさらに人が並んでいる。えらく長く待ちそうだから、その間に誰かひとりくらいはお近づきになれるといいな、などと、いかにもナンパなことを麗人は考えていたらしい。

 ふと、たまたま目の前を横切ってカウンターに向かう女性客に、麗人はなんとなく引きつけられた。後で麗人が語ったところによれば、その女性は「大学生くらいじゃないかな。髪はショートで、茶色っぽくして、ややくせ毛かな? 身長は160くらい、アナウンサーの塩崎しおざきゆりにちょっと似たきれいな顔立ちで二重まぶたで、ナチュラルメイクで清楚な感じだった。ルージュはピンクに近い色で、ベージュのブラウスにデニムスカート、紺色のスニーカーを履いてた。ネイルは薄いピンクだったかな。たぶん桃の香りのシャンプーかボディソープを愛用していて、肌が白くてきれいだったけど、たぶん屋内スポーツを何かしてると思う。右のふくらはぎの下の方にほくろがあって、おそらくDカップ、スリーサイズは推定……(以下略)」だそうである。後日、軟派な手品師の卵から聞き取りを行った余村は、女性の外見的特徴について、バイオリンのような声による、まるでソナタでも奏でるような流麗な語りに、ぽかんと口を開けることしかできなかったものだ。


 口説く時間はあるかしら、と麗人は、ちらっと黒川の進捗状況を確かめた。いけそうだね、と思ったときに、窓口で悲鳴とざわめきが上がったという。麗人のナンパ本能をくすぐった例の若い女性が、カウンターのすぐ近くで、男の左腕にからみつかれている。男の右の手にはナイフが握られていて、窓口と捕えた女性の喉元と、交互に向けられていた。

「金を出せ、早く、金を!」

 目出し帽をかぶっていて、顔立ちがわからないにもかかわらず、なぜ男とわかったのかといえば、やはり声と体つきだろう。かぶってから、店に押し入ってきたのか。それとも、混雑を利用して店内でさっとかぶったのか。どちらにしても、男の人相をぱっと言える人は、居合わせた人々の中にはいないだろう。数瞬のタイムラグとともに、人々は事態を理解し、何本もの悲鳴が交錯した。男と女性の周囲に、渦のような無人地帯が広がった。従業員たちがカウンターの内部で硬直している。


「うわーお」

 騒ぎの中で麗人は、いささか緊迫感に欠ける声を小さく上げた。

「えれえ古典的だな」

 さすがにATMどころではなくなり、黒川が麗人の隣に寄ってつぶやいた。

「オレ初めて見ちゃった、銀行強盗ってヤツ。人生初体験」

「初にして見納めにしてえもんだな、1回見れば十分だ」

 好き勝手なことを、麗人と黒川は小声でほざいていた。


 客たちはそれぞれに、恐怖と狼狽に支配されていた。後ずさったり、姿勢を小さくしてしゃがみこんでいる者もいる。防衛本能なのだろう。出入口近くにいた人なら、とっさに脱出を果たしているかもしれない。

「テレビのドキュメンタリーで見たことあるけど、あれが本当なら、もう誰か警察に通報するボタン押してるよね」

「たぶんな。あとは、人質を盾にしてどこまで粘るか」

「あんなきれいな女性を?」

 ……黒川は、あきれたような目線を麗人にそそぎながら、あきれたように沈黙していた。

「なんなら犯人に確かめてみたらどうだ」

「わかった、そうする」

 麗人はさっさと歩き出した。


 窓口だけで8つもある、支店としては大きなフロアだ。犯人からすれば、警察が踏み込んできても不意打ちを食らいにくいという利点は、あるだろう。しかし、人質を利用して金を受け取ったとして、その後どう脱出するつもりなのか。単独犯か、仲間がいるのか。この男を逃がすために、仲間が支援行動をとっているのだろうか。麗人や黒川が犯人の心配をしてやる義理はないとはいえ、もし犯人が心理的に追いつめられて破れかぶれになってしまうと、もっとも危険なのは当然ながら、人質にとられた女性なのである。

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