06 将来の展望
「……家の人は何も言わんのか」
数日前、余村は麗人と差し向かいで進路について面談したとき、つい「理事長」と言いかけた唇をいったん押しつぶして、家の人と言い直したものだった。先日まで、提出された進路希望調査の内容について、生徒ひとりひとりと放課後に面談を行っていたのである。あのときの麗人の表情を、余村は忘れられない。陽気でナンパで、微笑をほとんど絶やしたことのない名物男には珍しく、陰性の辛辣な笑みをこぼしていたのだ。
「何も言えやしませんよ、あの人らは」
吐き捨てたような嫌悪と憎悪と侮蔑を、余村は感じ取った。その理由をたずねればよかったのかもしれない。けれども、麗人はすぐさま、いつもの陽気な笑顔と明るい口調を取り戻し、軽い話題に内容をそらしてしまったのだ。彼は話題をさりげなく入れ替えることにかけては天才的で、手管に
一方の
「戦争に興味があるのか」
外人部隊という文字を読み直した余村は、こうたずねた。本当に聞きたいのは、黒川の自身にまつわる「ある陰気な意志」であったが。
机に置いたサングラスを指先でなでながら、黒川は淡々と答えた。
「戦争そのものとは、ちょっと違うんですけどね。日本国内じゃどうあがいたって不可能でしょう」
余村が見ている前で、黒川はどこか遠くに視点を投げ捨てていた。
「で、その後どうする」
「戦死すればそれまで。生きて帰れたら、自衛隊か警察にでも入りますよ。経験が活かせる職場は、そんなとこでしょう」
投げやりなのか、案外しっかり見据えているのか、判断のつきにくい回答だった。そういえば黒川はあのとき、ちゃんと敬語を使っていたなと、唐突に余村は思い出した。
――おれはどこかで、あのふたりを不憫だと思っているのかもしれないな。
余村は肩をすくめて、ファイルを閉じた。立ち上がり、書類一式をまとめてかかえ、ペットボトルを手に部屋を出た。いかん。あのふたりを不憫だと思うこと自体が侮辱なのだろうな。しかし……あと11か月ばかり、おれはこんな葛藤をかかえてやっていかなきゃならんのかと思うと、疲労感といら立ちが双肩にどっこいしょと座り込んでくるのを感じる。
麗人と黒川が、高校2年生という年齢には似合わない、さめたものの見方をしていることにも、余村は気がついていた。ふとした表情が、大人びた、一歩引いたようなものを見せているのだ。高校生ともなれば、そんな顔を見せる者も増えてはくるが、麗人と黒川のものは何かが異なっている。微妙に……誰しも、心の内に踏み込ませないための予防線を持っているものだが、あのふたりの予防線は太いワイヤーロープでできているのではないだろうか。
……まあ、まったく可愛げがないわけじゃ、ないんだよな。
当面、そう思うことにした。たとえば、麗人はタキシードに革靴、黒川は野戦服にスニーカーを合わせているが、校内ではちゃんと上履きに履き替えているところが、妙に律儀ではないか……そこまで考えて、余村は吠えたくなった。校舎内で上履きを履くのは当たり前である。なんだって高校生相手に、幼稚園児にするようなほめ方をしなくてはならないのか、と。
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