05 教師の苦悩

 TPOという意味において非常識な衣服を着た、非常識な高校生がふたり、立ち去った後の生徒指導室で、余村よむらは机に突っ伏していた。1時間足らずの面談で、1週間分のエネルギーが費やされた。

「てごわい……」

 それだけつぶやくと、手を動かしてペットボトルをねじ開け、のろのろと上体を起こして水をあおった。からからのスポンジにじっくりと水分がしみわたっていくようだ。


 あのふたりは、やりにくい。机を蹴とばして「うっせーバカヤロー」などとわめくような、わかりやすい反抗をするわけではないが、そう、とにかく「やりにくい」のである。麗人れいとはへらへらと矛先をそらして、ああ言えばこう言う、というヤツだ。黒川くろかわはこちらの説教にろくに目もくれない。「人を食ったような」という表現があるが、それかもしれない。おもむきはふたりそれぞれに異なるが。


 ……それでもな。キャップを閉め、ペットボトルを握ったままの右手首を傾けると、ごとん、と机に鈍くぶつかる衝撃がきた。

 強く出にくいのは……。


 部屋が無人であることをもう一度確かめ、余村は、生徒の個人情報に関わるファイルをそっと広げた。ことに問題児である木坂きさか麗人と黒川はるかの項は、くり返し読み込んでおり、暗記しているというより頭に刻み込まれているくらいだ。記憶とほとんど同じ内容がプリントされたページを、斜め読みする。


 ふたりそろって、寮の入居者だ。しかも同室者である。女子寮は数年前に廃止され、男子寮生は現在10人程度で、2人部屋に入居することになっているが、なかでも19号室は問題児がふたりそろった状態になっており、このため寮内部でも「魔窟」「ブラックホール」「黄泉平坂よもつひらさか」「デンジャーゾーン」「アビスゲート」「男子寮の火薬庫」「隠し砦」「核融合炉」などとささやかれているという。クラスでも出席番号が1番違いのため、この季節ではまだ教室の座席も出席番号順、というこのふたりを、なぜ2年次で別のクラスに分けなかったのか、余村も心底不思議でたまらない。何かが間違っていると思う。ひょっとすると、問題児は拡散させるよりまとめておいた方がまだしもだと考えられたのかもしれないが、両者を一手に引き受ける立場という苦労を、誰も想像しなかったのだろうか。この際、木坂麗人がこの明洋高校の理事長の孫、という事実は何の関係もない、と信じたい。


 余村は1枚ページをめくった。保証人の氏名と、家族構成の欄だ。無意識に眉がくもる。

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