04 問題児その2

 黒川くろかわは頬杖から顔を起こし、上体をまっすぐにして、まじまじと自分の服装を見下ろして、眠そうな表情のまま、脱力した声で回答した。

「見ての通りっすけど」

「服装の紹介を求めちゃおらん」


 仕切りなおした余村よむらは、再びずばんと両断した。黒川が着ているのは、迷彩模様の野戦服である。サングラスを合わせると、ちょっと高校生には見えない。その上、眠いような不機嫌なような表情をしていることが多い。声は純度の高いバリトンだが、うっかり話しかけてしまうと、返答は「あぁ?」である。こんな態度をとられたら、それ以上話を続ける気も失せようというものだ。当然ながら女子にはもてない。黒川の方でも、女子をわずらわしいと思っているようで、うわついた雰囲気を見せたことがない。意欲のある授業はちゃんと聞き、興味のない授業では遠慮なく寝る。勉強しているようには見えない一方、化学と現代社会の成績はかなりよく、それ以外の科目は低空飛行といったありさまだ。進路希望の用紙には「どこかの国の外人部隊」と記入されていた……。


「お前はまだ、将来にそなえて着こなしを修行する必要はないだろう」

 黒川は、口をへの字に曲げて、ばっさりと答えた。

「常在戦場」

「ここは学校だ」

 一瞬だけ、黒川の目が光を放った。

「凶悪な変質者が学校に侵入してくるようなことが、絶対にないって断言できんのか。刃物持って、生徒とか教師を無差別に切り刻むような奴がよ」

「いや、絶対にとは……」

 かつて新聞をにぎわせた、ある学校で起こったおそろしい事件を引き合いに出されて、余村は否定しづらくなった。

「なら、いいじゃねえか。これも自衛手段だ」

「待て待て、自衛と服装は関係ないだろう」

「気は心ってヤツで」

「ごまかされんぞ」


「ねーぇ、センセ」

 横から木坂きさか麗人れいとが口を挟んできた。

「そんなに、このカッコ、だめ?」

「だめだ」

「なんでよぅ、全裸じゃあるまいし」

「なにが全裸だ。そんなもの見たい奴がいるか」

「まあオレも、男には見せる気ないけどね」

「見せるな! 話をすり替えるな!」

 一応つっこんでおいてから、余村は軽く咳払いをして、態勢を立て直す。


「問題は、お前らがどういう恰好をしているかということじゃない。登下校には制服を着用するという校則を守っていない、ということだ」

 ほとんどひと息に述べて、ふうっと余村は肩の力を抜いた。やっと言えた、今日の眼目。いや、ここで安心してはいけない。足元を見られてしまう。

 しかも、言えたからといって素直に聞いてくれる連中でもないのである。


 麗人は立ち上がると、襟元を直して、どこからか赤いバラの花を自然に取り出し、もてあそびながらポーズをとった。

「オレ、似合わない?」

「似合うかどうかなんて話はしとらんぞ」

「似合うかどうかを聞いてんのよ、今は」

 余村は口をねじ曲げて、5秒間沈黙した後、答えた。

「似合ってはおるがな」


 途端、麗人はにっこりと笑った。一見しただけでは無邪気としか形容できない、百パーセントの笑顔は、麗人の口のうまさを知っていてさえ、かわいいと思ってしまう。口説かれる女子からすれば、なおさらかもしれない。

「ほーらね。こんなに似合うカッコをしないなんて、もったいないと思わない?」

「……どういう理屈だ、それは」

 思わず余村はのけぞってしまった。黒川でさえ、麗人のむちゃくちゃな論法に、目と口をあんぐりと開けている。


「ところで、そろそろ返してくんない?」

「な、何をだ」

「センセのポケットに入ってるもの。オレの大事な切り札なのよね。それがないとゲームもできないし」

 余村はほとんど無意識に、ワイシャツの胸ポケットをさぐった。薄く、硬い感触があった。指先でつまんで引き出すことでようやく、ハートのクイーンだと認識できた。麗人はにっこり笑って、反応しそこねた余村の手からカードを取り返した。


「お前、いつの間に」

「それ話しちゃったら、手品じゃないでしょ?」

 笑顔のまま、麗人は軽くウインクしてのけた。

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