02 ありふれていない生徒
意を決し、
「
「はぁい」
「
「……ぁあ?」
二種類の返答は、それぞれの表情と個性を色濃く反映していた。
「なぜ呼び出されたか、わかっとるな」
せいぜい威厳を持たせようと、重心を意識した余村の声は、問題児コンビの頭上を勢いよく滑って消えた。
「オレらが、あまりにもセクシーだから?」
「やかましい」
にこにこしている方の若者が、TPOを軽やかに蹴飛ばした回答を放ってよこしたのを、すかさず余村は蹴り返す。コイツの言いそうなことはだいたい予測がついていたので、どう受け答えるかは、あらかじめいくつか考えておいたのである。どんな返答も即座にぶった切る言葉を用意して、間髪をいれず使うこと。今のところそれが、余村が考えうる最善の対抗策である。そうでなくてはこの、木坂麗人の神出鬼没の減らず口には太刀打ちできない。余村は、一か月に満たない期間には多すぎる挫折と脱力の中から、こうした対応策をかろうじて見出したのだ。
担任教師の苦労をたぶんわかっていないのだろう、麗人は軽く、くりんと瞳を動かした。
「じゃあ、なんだろ。男とデートする趣味はないんだけどな」
「俺にだってあるか。説教するために決まってるだろ」
ひと呼吸おいて、余村は口調を仕切りなおした。
「登下校の服装について、今月だけで何度注意してきたと思っている」
「いちいち数えてないのよねぇ」
余村の説教の「そっちじゃない方」を思案して、麗人は小さく首をかしげた。
「あ、これってクイズ番組でたまに見る、『今、何問め?』って問題に通じるモンがあるよね。だいたいあれって……」
「今そんな話はしとらん」
ぴしゃり、と余村はさえぎった。あらら、と麗人がつぶやくのが耳に届き、余村は顔面筋肉を動かさないようにほくそ笑んだ。ここまでのところは好調だ。木坂麗人がオネエ口調でしゃべるときには、相手をおちょくる気満々のサインだということも、だいたいわかってきている。もっともコイツは、1日の活動時間の6割を、誰かをおちょくることで過ごしている、ように見える。残りは、女子を口説くのが3割、バカ話に興じるのが1割。勉強時間の入る余地はない。そもそも麗人という名づけがまた人を食っているのだが、こればかりは当人の責任ではないだろうから、言及しても仕方がない。
そう、登下校の服装について、今月だけで何度注意したか。余村が覚えている限り、このふたりが制服を着てきたことは、2回ほどしかない。考えてみれば、そもそも新学期が始まってから数えるほどしか日数が経っていないのである。嘆かわしい。第一、制服なのだから、着にくいとか奇抜なデザインをしているわけではない。基本はブレザースタイルだ。制定されている内容を逐一細かく指摘するなら――淡い茶色のシャツかブラウスに、ネクタイ、濃い茶色のジャケット。ピンクのチェックラインが入った深緑の、スラックスかスカート。ただし、セレモニーの日でもない限り、ジャケットは同色のカーディガンに替えてもよいことになっていた。実際、平時はジャケットよりもカーディガンを着用する生徒が圧倒的に多い。ネクタイも、抑えた色調の赤いものが指定されているが、これも平時は私物のネクタイを使うことも黙認されている。白以外の単色の無地で、通常のサイズであれば、教師からあれこれ言われることはない。生徒たちは、思い思いのカラーで胸元を彩る者たちと、何本もネクタイをそろえるのが面倒だから指定のネクタイしか身につけない者たちとに二極化している。――始業式や入学式といった行事では、そうはいかない。学校指定の赤いネクタイに、ジャケットを羽織らなくてはならないのだ。さらに言及すれば、男子のソックスは白か黒かグレー、靴は革靴かスニーカーという指定もある。いちいち取り上げれば確かに細かいが、制服としての規定を見ていけばそうなるだろう。むしろ、カーディガンといいネクタイといい、自由度はそれなりに認められている。
それでも、余村の説教は教師として、しごくまっとうであろう。ここに座っているふたりの高校生の服装は、どんなに好意的に解釈しても、登下校にふさわしい服装ではない。私服は私服なのだが、こんないでたちで学校に行き来する高校生は、まずいまい。さっきから余村をおちょくって話のベクトルをねじ曲げようとしている木坂麗人は、黒いタキシードをまとっているのである。どこまでも濃いブラックの上下、白いシャツとポケットチーフ、あざやかな赤の蝶ネクタイとカマーバンド。およそ高校生の生活には縁のなさそうなシロモノなのに、なぜこんな服を持っているのか。なぜ疑問のひとかけらも見せず堂々と学校に着て来られるのか。しかも、着こなし方がほぼ完璧で、よく似合っているのだ。そこがまた、純和風体型の余村には小憎たらしい。
いや、私情は混ぜてはならない。余村は最後の感想をブロック切断して、冷凍庫に押し込めてから、木坂麗人との個人戦に突入した。
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