トレジャー・スタイル

渡貫とゐち

あ、見つかった。

 瓦礫の山を漁る少年がいた。


 今日、一日分の食事も満足に準備できるかどうかも分からない毎日を繰り返す少年は、過去に生きていた人々よりも痩せ細っていた。


 高熱を出せば、それだけで衰弱死してしまうほどには、劣悪な環境と言えるだろう……人間だけでなく、生物も。


 森も、川も、海も――、焼けては干からび、生い茂っていた世界は一気に岩だらけの荒廃した世界に変わってしまっている。


 電気やらインターネットやら、ARやVRなどの高度な技術が続々と出てきていた時代はとっくの昔である。何百年……何千年? 正確なところは分からない。

 一度、狂ってしまった時計は、現在時刻を指していてもそれが正確かは分からない……、なにを見て正確な時間であると言えるのか……集団で思い込めば、それが真実になるのか?


「……食べ物、……じゃない」


 少年が見つけたのは箱だった。

 字が読めないため、少年には分からなかったが、『チョコレート』の空き箱である。破損した箱は蓋を開けずとも中身を取り出すことができる……、もちろん、中身は溶け、ベタベタ――という段階も過ぎている。


 よくもまあ、空き箱も潰れずに残っていたものだ……、瓦礫が積み重なった結果、隙間が出来て、そこに上手く入り込んでいたのかもしれない。


 雨風を凌ぎ、自然に生まれた厳重な保管場所になっていた……、それでも経年劣化を防ぐことはできなかったみたいだが……。


 何百年と外気に晒されていて、綺麗な状態であることは望まない。

 太陽光にさえ当たっていないので、パッケージの日焼けも残っていなかった。


 昔の遺物アイテムを集めている知り合いに渡せば、高く買い取ってくれそうだ。


 手を伸ばして隙間に突っ込み、箱を取り出すと……からん、となにかが落ちた。

 小さな……、食べ物ではないだろうけど……石ころでもなかった。


 少年は放っておくこともできた。だけどこの時代において、重要な過去の『遺産』である箱の中にあったものだ……、たとえ『ただの石ころ』だったとしても、その石から分かることもあるかもしれない……、少年は瓦礫の奥へ進むことを決めた。


 ちょっとの衝撃で積み重なった瓦礫が崩れてしまう危険性もある……、出入口が塞がれてしまえば、集落に帰ることもできずに――。


 それでも、未来のためには、過去の情報が必要だった。


 灯りを持たずに隙間の奥へ進むと――足元にあった。

 暗闇に目が慣れ、薄っすらと見えた違和感に手を伸ばし、指で確かめると――小さな、指の第一関節ほどの四角い『もの』だった……、薄い。

 石ころではない。

 立てて持てば、親指と人差し指で力を入れたら、ぱきっ、と折れてしまいそうな……。


 食べ物ではないことは確かだった。


 これを知らなくとも、食べ物ではないことだけは、なんとなく分かる。


「……近くに、これと同じものが……」


 彼が言いたかったのは、これが利用できる遺物が近くにあるのではないか? だ。探せばこれと同じものも転がっているかもしれないが……。

 空き箱の中に隠れていたのか、隠してあったのか……――まるでここにあるのがイレギュラーであると言わんばかりである。


 探してぽんぽんといくつも見つかるようなものではないかもしれない。


 周りを一通り探してみたが、同じものも、これを使える別の遺物も見つけられなかった。これ以上探していると、日が暮れてしまうし、瓦礫が崩れる可能性も消えていない……、早々に出ることに決めた。


 すぐに失くしてしまいそうなそれを、ぎゅっと握り締めて、少年は集落へ戻る。




 遺物を研究している『お兄ちゃん(実兄ではない)』に、発見したそれを見せると、


「これは……SDカードだな。どこにあったんだ?」


「瓦礫の中だよ。あと、これもあった……」


 帰る時に転んでしまい、箱を押し潰してしまった……、彼の中では優先がその『SDカード』? だったので、箱については扱いが雑だった――その判断は間違ってはいなかったわけだが。彼は『自分が壊した』とは言わず、『元々こうだった』と説明した。


 少年は怒られるかも、とびくびくしていたが、研究員お兄ちゃんからすれば、箱があるだけマシだ。潰れているかどうかはあまり重要ではない……。


 遺物をコレクションしている者からすれば、綺麗に残っているに越したことはないだろうけど……、この破損状態でもコレクターは満足するだろう。

 パッケージの文字が擦れて消えていないだけで、価値が爆発的に上がるのだから。


「おう、助かった……調べてみるわ」


 数少ない貴重なパソコンに、SDカードを差し込んだ……「あ、そう使うんだ」と感心する少年は、お兄ちゃんの後ろから画面を覗く。


 よく分からないけど、文字がたくさん並んでいる……、文字が読めない彼にとっては、やっぱりなにをしているのか、なにが書いてあるのかは分からない。


「それ、なんだったの?」

「ん? ああ……『小説』だな」


「しょーせつ……」


「俺たちがよく書いてるだろ、報告書とか、研究資料とか……あれの『物語』だと思えばいい。絵本は知ってるな? 漫画も分かるだろ? それの、文字だけで作られた物語だ。

 まあ絵本や漫画が、小説に絵がついたようなもんだが――まあ、お前には難しいな」


「それ、文字を覚えれば、読めるかな……」


「そりゃ読めるだろ。俺たちが読み書きしてる文字と同じなんだから、理解できればなにが書いてあるのか理解できる……。ただ、数百年前に書かれた話だからな……その時代の背景が分かっていないと理解できないこともあるだろ……。『スマホ』とかはまだ分かるが……、『クラウド……、ふぁん、でぃんぐ……?』とかは、俺でもまだ分からねえ」


 少年がお兄ちゃんを押しのけて画面を見る……、頭が痛くなりそうな文字列だった。

 お兄ちゃんが言うには、破損データはないらしく、文字化けも、虫食い状態になっているわけでもない……、完全な物語として、残っている……。


「書き写しておけよ。

 データが破損しても残るようにさ。まあ、数が多いから、骨が折れるかもしれないが……」


「みんなで協力すればできると思うよ……それに、先生も巻き込めば、読みながら書き写せると思うし……、これって、百発百中、って言うんだっけ?」


「一石二鳥だろ? 音で覚えるな。……まあ、最初はそんなもんか。

 とにかく、頑張れ――本が増えるのは、未来のためになるからな」


「うん、やってみる!! 古いパソコン、借りるけどいいでしょ!?」


「それ全部、古いパソコンだけどな……おう、いいぞ、持ってけ。

 SDカードのデータを表示するくらいのスペックなら、どのパソコンにもあるだろ……」


 持ち運びができるパソコンを持っていった少年は、仲間と先生を集めて『過去に書かれた作品』を書き写す作業に没頭した……、一ヵ月、半年……それから一年をかけ、全ての作品を書き写し終えたところで、気づいた……。


 データに『人名』こそなかったものの、文章の癖を見ると、同一人物が書いたのだろう……百作品以上を残した作者が、過去にいたことになる……。



「ねえ、これの前の作品は? シリーズ作品みたいなんだけど……」

「え? ないよ、そんなの……」


「……じゃあもしかして、まだ見つかっていない作品があるってこと……?」


 子供たちの中で、文字の教科書として読まれているこの作品は、過去の背景を知る文献としても役立っていた。

 もちろん、ファンタジー作品も中にはあるので、エンタメとして楽しめる作品もあるにはあるが……。


 悪影響になるかもしれない『屁理屈』が書かれた作品もある。

 そういうものは先生が事前に棚から弾いていた……、まだ子供たちには早過ぎる内容である。


 幸いにも、過激なアダルト描写があるものはなかったようで……、もしかしてこの作者にはそういう経験がなかったのかもしれない……。

 まあ、百作品以上……もしかしたら見つかっていないだけで、もっと作品があるのだから、そういう経験をしている暇なんてなかったのだろうか。


 一つのことに特化したからこそ、こうして『残っていた』という運も引き寄せたのだから。


 生前、大衆に認められた作家ではなかったのかもしれない……でも、数百年後の子供たちが読み、善悪の感想を持ち、学び、知り、感動をしているなら――作ったことに価値はあったのだ。


 書いてから数日、数か月、数年間、誰にも見向きされなくとも――


 きっといつか、その作品が日の目を浴びることはあるのだから。



 残すことに意味がある。


 失敗つまらないからと言って消すことに意味はない。


 完璧主義は、生まれた駄作よりも無価値だ。


 生まれた駄作こそ、未来の人気作になるのだ。



「みんな、面白かった作品には星マークを書いておいてね。

 それでどれが人気があるのか分かるから……――」



 それでもやっぱり……

 少数の作品たちの中で、未来でも見向きされない『星0』の作品はあるのだ。




 ―― おわり ――

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