第12話

「うわあああああお義母さんありがとうございます! 久々のシャバです! 太陽の光が眩しいです!」


 自分でも何を言っているか分からないまま、扉を開けてくれたお義母さんの胸に飛び込む。


「よく分かりませんが大変だったようですね。……あら、これは春夢さんの……」


 お義母さんが私の頭を撫でる手を止めた。

 あ、そうだ、春夢の上着 着っぱなしだった。


 お義母さんが顔を向けた、私が今しがた出てきた倉の中を私も見てみる。


 未だ点いているランプ。グチャッとなっている私の上着。そしてこちらに目を向けない、服と髪が少し乱れている春夢。


 お義母さんはもう一度私に、いや、私が着ている春夢の上着と、光が眩しくて潤んでいる私の目を見て……


「……春夢さん、あなた、桜さんに何を」


「何もしてねーよ! 二人で扉を壊せねえかなって斧で叩いてただけだから! な、桜!」


「えっ……。あ、そうね」


「何したんですか春夢!」


「マジで何もないって! 桜が反応遅れるから――」


 初めて、春夢に名前を呼ばれた。ちょっと、いやかなりびっくりして、心臓が静かにトクトク言っている。


「というか斧で叩いてって……この倉の戸、一見木造に見えますが、中に金属が入ってるんですよ? 斧一つではとても開けられないかと」


「そうなのか」


 そりゃあんな重いし硬かったわけだ。


「さあ、行きますよ。今日の昼食は肉巻きおにぎりです」


「あ、お袋!」


 私の頭を一撫でして家へ向かおうとしたお義母さんを春夢は呼び止めた。


「どうしました?」


「あの、こんなことがあったからって。倉行くの禁止にしたり……するか?」


 そうだった。その可能性があるんだった。


「それはやめてあげてください! こうなったのは私のせいでもあるので!」


 いくらの助けになるかは分からないが、私も声を上げる。


 お義母さんは目を丸くした。


「……そこまで気が回っていませんでした」


「えっ」


「……禁止にしてほしいんですか?」


「違っ、なわけないだろ。でも最初に思ったり……しなかったのか?」


「そんな余裕があるわけないでしょう。どれほどあなたたちを心配したと思ってるんですか」


 よく見るとお義母さんの髪もいつもより乱れていた。きっとあちこち探してくれてたんだろう。


 春夢は俯いて首の後ろをちょっと掻いた。


「げんさんも家の中とその周辺を今ごろ必死に探してますよ。早く行きましょう」


「ん……あ、俺 何冊か出したい本があるから、先に行っててくれるか?」


「今度こそ気をつけてくださいね。では桜さん、行きましょうか」


「あ、いえ……私も、は、春夢と、一緒に行きます」


「ふぇっ」


「分かりました。遅いようなら先に食べてますからね」


「はーい。じゃ、行きましょ、春夢」


「え、あ、おう……」


 お義母さんと別れて再度倉に向かう。春夢はしばらく後ろをついてきていたが、やがて私の隣に並んだ。


「おい」


「? 何よ」


 見れば春夢の頬は少し赤らんでいる。


「は、初めて……だろ」


「は?」


「俺を、その……名前で呼んだの」


「……。はあ!?」


 こいつ自分に疎すぎじゃない!? ほんとめんどくさいタイプね。


「あんたが先に私のこと、『桜』って呼んだんでしょ?」


「え、でもそれって結構前だろ?」


「ついさっきよ! 本当に覚えてないわけ!?」


「え、一緒に暮らし始めて一ヶ月経つのに!?」


「本当にね! だから私は意識して呼ばなかったんだけど!」


「マジかよ呼べよ!」


「……え?」


「あ。……っと」


 春夢が足を止めた。私も止まる。


「あの……桜」


「……何?」


 春夢に向き合う。

 春夢の真剣な瞳が真っ直ぐ私を捉えていた。


 タイミング良く吹く風。彼の耳飾りがチリチリと音を立て、私の髪も舞った。


「あのさ、俺たちの関係って……」


 良いような悪いような不思議な予感がして、生唾を飲み込む。


「俺たちって…………友達?」


 シーン。風は吹き続けている。


「……そういう恥ずかしいこと、よく堂々と聞けるわね」


「いやだって聞くしかないじゃねえか! 俺だって勇気出して言ったんだぞ答えろ!」


「分かってるわよ! ……友達。これでいい!? もう、早くお昼ご飯食べたいの、行くわよ!」


「あ、待てよ――」


 全くもう。緊張して損した。


 倉に入り自分の上着を拾い、春夢の上着を脱いで「はい」と、我ながらぶっきらぼうに春夢に突き返す。


「お、おう……でも、良かった」


「……今度は何よ」


「さっきちょっと倉で友達の話したろ? あのとき、桜も友人だと思ってるって言おうとして、お前が思ってなかったら、と思って言わなかったんだが」


「だからよくそんな恥ずかしいこと……」


「桜が聞いてきたんだろうが! 今のは!」


 やっと目が合って、なぜかお互いの顔に自然と笑みが零れた。


「本さ、ほんと三、四冊くらいの俺一人で運べる量だからさ。桜は外にいて、扉の開け閉め、してくれるか?」


「うん、分かった」


 私は外に出た。太陽の光とザワザワ揺れる林が私の五感を刺激する。


 ……春夢が無事だったのは、青龍さんが私に力を貸してくれたからだ。

 そのお礼を、私はまだ言っていないな、と気づいた。


 そこに本人はいないと分かっていながらも、私は林に向かって頭を下げた。


 力を貸してくれて、春夢を……私の友人を護ってくれて、ありがとうございました。


「何してんだ?」


 春夢が倉から出てきた。


「えと……青龍さんにお礼……?」


「ふーん」


 また、馬鹿だな、とか言われるんだろうな。でも、それが春夢だ。


「届くといいな」


「……!」


 春夢の顔は……照れてない!


 春夢は扉を閉めると「行くぞ」と歩き出した。

 私はその背中を思わずペシンと叩く。


「何だよ」


「……ふふっ、何でもない!」


「狂人じゃねえか」


 隣に並ぶと、春夢は歩く速度を落としてくれた。


「あと四ヶ月、よろしくね!」


「……ああ」


 ほんと、いい友人ができた。

 四ヶ月の その先もずっと、一緒にいたいと思えるような。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る