第11話-2
見えた景色は相変わらず倉……あれ、扉の斧がない。
あれ、物の配置も違う。てか全体的に綺麗……新築みたいに。
「ああ、なんだ……袖、口から外して大丈夫だぞ」
隣から春夢の声はするけど姿は見えない。とりあえず外す。
「ねえ、なんであんたの声だけ聞こえて姿は見えないのよ」
「さっきお前が落としたやつの効果だろうな。ひとまず俺の袖でも握ってろ。勝手に動かれても困る」
「……袖って言ったって……」
見えないんですよね。
春夢の声がする方に恐る恐る手を伸ばしてみる。
トン、と春夢のどこかに触れた。
と、春夢は私の手首を掴み右下へ少し動かす。ああ、ここが袖ってことか。
私が春夢の袖を掴むと、春夢の少しゴツゴツした手は離れていった。
「んん……これは記悠草の効果だ」
きゆうそう……? なんかどこかで聞いたような……。
「草むしりのときお前が刈り取ろうとしてた草だよ」
「ああ!」
春夢に鎌を取り上げられたやつか。
「記悠草はその葉っぱや花を乾燥させ粉末状にして術と併用する植物だ。効果はその術を使った場所の昔の出来事を見せてくれるというもの。どのくらい昔のことを見るかは術や記悠草の量で調節できるんだが……長らく倉にあった古いものだったから、落ちた衝撃で誤発してしまったんだろうな」
「持続時間? はどれくらいなの?」
「それも調節によるんだが……まあ待ってればそのうち戻るだろ。倉にあったんだから大した量じゃないはずだ」
じゃあこのまま待っていればいいのか。
しかしこのまま春夢の袖を持ち続けているのもなあ。
思いつきで腕をブンブンしてみる。
「何すんだやめろ」
ですよね。
「じゃあなんかおもしろいことしてよ」
「無茶ぶりすぎんか? ……大人しく待っていればいいんだ」
「じゃあ手、離していい?」
「え……あ、そっか、うん」
私は子どもだとでも思われているのだろうか。ああ、さっきそんなやり取りしたわね。
私は春夢から手を離した。
ガアアアアアア
そんな音がして扉が開いた。
ビクッとしてしまった。
「あ、開いたわよ!」
「多分これも過去の映像だろ。記悠草が見せている光景は幻みたいなもんだ。俺らの体は全然 現実から動いてないんだから、今そっちに行くと斧にぶち当たるぞ」
そうなのか。駆け出そうとしていた私は止まった。やっぱり春夢の袖を掴んだままでよかったのかもしれない。
入ってきたのは着物姿の男の子。小六くらいかしら。
息が整っていないことと目が赤く充血していることから、さっきまで泣いていたのだろう。
『とうさま……とうさま……っ』
お父さんに怒られでもしたのかしら。
男の子はまた溢れてきた涙をぐっと拭い、前を向いた。その顔には……
怒りが、浮かんでいて。
『ふくしゅうしてやる……ふくしゅうしてやる! あの女、ぜったいゆるさない!』
男の子はそう言って倉の奥から沢山の本を出して読み始めた。
『坊、こんなところにおられたのですか』
扉から白髪のお爺さんが顔を出した。
『あなた様が指示をくださいませんと千崎家は回りませぬ。坊……いえ、当主様。お分かりですね?』
『けど……けどじいやはあの女がにくくないの!? とうさまはあいつがすきだったから、あいつの呪いをあまんじてうけた! そして死んだんだ!』
「……!」
お父さんが、呪いで死んだ……!?
『それは……事実はそうでございますが、私は憎んでなどおりません』
『なんで!?』
『…………憎むべきは、シノ様ではないからです』
『え、でも、そいつがとうさまを――』
そこでまたブワーッと周囲が白くなり、次に見えたのは現在の倉の中だった。記悠草の効果が切れたのだ。春夢も隣にいる。
「シノ様……って、誰?」
春夢と目が合ったのでとりあえず聞いてみる。
「知らない……」
春夢も戸惑っているようだった。
「どういうことだ? そのシノってやつは呪いを掛けて当主を殺した、のに、憎むべきじゃない……? つかあれはいつの出来事なんだ……?」
「そんなの……私が知るわけないじゃない」
「……情報が足りなさすぎるな、まだまだ」
「……ええ」
「というより……文章として残っていない人の動きにこそ何かが……ヒントが隠されているのかもしれないな……。今はまずここから出ることを考えるぞ。話は後でいくらでもできる」
「……。そうね!」
春夢が他に私が倒したものがないか棚を確認してくると言うので、私は扉の斧を引き抜き、刺さってたところを叩くことにした。
春夢も知らなかったシノさん。
その人がどのように、どうして千崎家当主に呪いを掛けたのか。その呪いは千崎家が背負うことになった呪いと関係あるのか。じいやさんの言葉の意味とは。
分からないことでいっぱいだ。
「棚の方は大丈夫そうだ。代わるぞ」
春夢の声が近づいてきた。が、私は振り返らない。
「いえ、こっちはまだ大丈夫よ」
「でもお前、大して休んでないだろ?」
「大丈夫って言ってるじゃない」
「いや、俺がやる」
「もう、しつこいわね!」
振り向くと思ってたより近いところに春夢の顔があった。
「ほわっ!?」
「うおっ!?」
思わず斧をぶん投げる。
春夢は間一髪で避けた。良かった良かった。
いや良くない、私がバランス崩してこのままだと春夢にぶつか
ボフッ
目を瞑ってぶつかった、この堅く厚みのある板に布を巻いたような感触のモノ。
仄かに暖かみを感じることからも、これが何なのか、目を開けなくとも分かってしまう。
「はあ、びびった」
そんな春夢の声が上から聞こえ、言葉に合わせてこの、私が寄りかかっているもの――春夢の体が振動して。
ゆっくり目を開くと、すぐ隣に春夢の喉仏が見えた。
スっと私の背中に手が回される感覚。えっ。
「お前はほんとに馬鹿だしドジだし……お前が怪我したら困る奴がいるって、ちゃんと分かってんのか?」
動けない。声出ない。なんなら頭も動いてない。ただ、心臓がひたすらうるさい。
「……大丈夫か?」
あああああどうしよう。どうしようどうしようどうしようどうしよう!
なんとか首だけ上に動かす。
すると、優しい水色の目が私の目とバチッと合って、春夢の目がハッと開かれた。
「っ!?!!? あのっ、これは、ちがっ」
春夢が体を離そうとする。
「ちょっ、バっ」
当然私はまたバランスを崩した。
「っ」
「ぎゃっ……うわ、ごめん、大丈夫?」
転んだのに痛くないなと思ったら、私は春夢を下敷きにして転んでいた。急いで退く。
「別に。そうなるように転んだんだし。上手くやったからどこも痛くねえし」
春夢は上半身を起こし呟くように言った。
……全然目が合わない。いや合わなくていいんだけど。
なんとなく隣にしゃがみ込む。
とりあえず何か喋ろうと私が口を開けた瞬間。
「春夢さん、桜さん、いるんですか?」
と、扉の向こうからお義母さんの声がした。
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