第10話-2

 ちょっと寒くなってきた。

 上着を脱いだのもあるだろうけど、単純に倉の温度が外より低い気がする。


 思わずブルっと身震い。

 春夢が体を起こした。


「倉ん中ちょっと寒いよな。お前のはあれだし……あ」


 春夢は何を思ったのか自身の羽織を脱ぐと


「これでも着てろ」


「嫌ですが? いいわよ、あんたまだ本調子じゃないでしょうし。もう起きれるようなら自分の着るし……」


「いや、確かにもう大丈夫だが、お前も俺の頭が載ってたのなんて着たくないだろ?」


「う……だ、大丈夫だって!」


「いいから俺の着なさい! 女の方が男より体脂肪率高いんだから。筋肉に比べて脂肪は熱を保っていられない、つまりお前の方が体を冷やしやすいんだ」


 半ば無理やり着せられてしまった。


 申し訳な……あと時々出てくるこいつの謎の配慮はなんなんだ。この羽織だってあんたがさっきまで着てたやつでしょうが……。


 ……くそ、あったかいな。なんかちょっと悔しい。


「……筋肉量って、あんたも大して多くないくせに……」


 呟くように言うと私の隣に腰を下ろした春夢は「はあ!?」と大声を出した。


「うるさ……事実でしょうが」


「いやまあ嘘ではないけどなんで知って……前の蛙のときか」


「……ええ」


「……てことは、"見た"のか?」


「……。ええ」


「……そうか」


 春夢のお腹にあった呪いは、以前春夢が絵に描いた、あの薔薇みたいな花のタトゥーのようなものだった。


 黒一色なのに、私も一瞬しか見ていないのに、妙に強い生命力を感じさせるそれ。


 同い年男子のお腹を見たという恥ずかしさもないわけではなかったが、これが今も春夢の体を蝕んでいるという事実、恐怖の方が何倍もまさった。


「……本当に私なんかが役に立てるのかしら……」


 協力させろと言い出したのは私だけれど、私みたいな一般人がアレに太刀打ちできるのかと問われれば……確実にNOだ。


 実際、弱い式神にすら負けているのだ。


 ランプの灯が二人の影を揺らした。


「やっぱお前馬鹿だな」


 春夢がぼそっと言った。


「……そうよね、何も知らないくせに足突っ込ん」


「そうじゃねえよ本当に馬鹿だな」


「え?」


「……あ……、ここで切ったらまた『気になる切り方すんな』って言われるか?」


「言うわ」


 春夢は頭をガシガシ掻いた。


「あー失敗した。思ったことすぐ言う癖どうにかしないとな。……あの、あれだ、うん。……お前が役に立ってないわけないだろ……ってことだ」


 春夢はプイっと横を向いた。


 ……。


 歯切れわっる。感動もくそもなかったわ。


 私はふと思いついて春夢の肩を揺らす。


「それ本当に言いたかったことなの? なんかまだ隠してない? 今の絶対考えて纏めたことでしょ最初に言おうとしてたことを言いなさいよねえねえねえねえ」


「うるっせーよああじゃあもう言ってやる後悔すんなよ!?」


 やっぱり春夢はこうやって攻撃するとすぐ崩れるわね。


 春夢はくるっとこっちを向き私の肩をガッと掴んで……。


 え、肩を掴んで?


「お前は常に役に立ってる……いや、俺を救ってくれてる。あんな事情聞いて、協力させろと言ってきたり積極的に練習したり、そんな……そんな人、今までいなかったから」


 春夢は静かな、でも強い目で私を見ている。


「俺、半分くらい諦めてたんだ、お前が来る前まで。こんなに時間を掛けても何も出てこないなら、もう……って。でも親父とお袋みたいに運命に従うってのにも耐えられそうになくて。そんな、進出も後退もできない、正に五里霧中のところでお前が現れて。……お前のおかげで、俺、やっぱり進もうって。自分のやってることに自信が持てた」


 春夢は近いところでニッと笑った。


「やっぱ、協力者、理解者って大事だな。こんなにも俺を強くしてくれる。……諦めないで、良かった」


 私はやっと頭が回り出した。


 いや考えてほしい。肩を掴まれるってことは、当然体の距離が縮まるということで……。


「ありがとう」


 春夢がそう言って笑っているが……何の話をしてたんだっけ?


「ごめんよく聞いてなかった。もっかい最初から言ってくれる?」


「この野郎。……っ!!!」


 春夢は今更状況に気づいたらしく、バッと私から手を離すとすごい速さで扉まで後ずさった。


 ランプの灯りでよく分からないが、多分顔を赤らめている。こいつさあ。


「あのっ……あの……えと、これは……っ! すみません!」


「取り乱すタイミングおかしいでしょ!? あと私が聞いてなかった理由は分かったわね?」


「すみません! すみません! すみません!」


 春夢が勢いよく頭を下げまくる。水飲み鳥思い出した。

 耳飾りも持ち主の動きに合わせて忙しく動いている。


 仕方ない。私が空気を戻してやろう。


「それにしても『一発で分かる』って……そういうこととは思わなかったわ」


「へ?」


 急な話題変更。不自然にも程がある。ほら、春夢も何のことだって顔。やべっ。


「……あっ、あのときのか。……な? 言ったとおりだったろ?」


 よし通じた!


「言ったまますぎてびっくりしたわよ」


 この呪いには植物が使われている。呪いを見ればそれはすぐ分かる。

 最初聞いたときは知識あっての「分かる」だと思ってたのに、本当にだったとは思わなかった。


「まあ分かりやすさって大事だからな……今の切り出し方は分かりにくかったが」


「でも、分かりやすかったでしょう?」


「ふっ……ああ言えばこう言う」


「お互いね」


 春夢は少しぎこちなく三歩、私に近づきまた腰を下ろした。


「でも本当、お前には、か、感謝してるよ」


「……ん」


「……ほら、仲間が二倍になったんだぞ、二倍に!」


「……ふはっ、ぼっちの考え方ね」


「うるせえよ。友人……ならいるし」


「……うん……? 家引きこもってるのに?」


 前に、学校の友達とは縁を切ったって言ってなかったっけ……?


「……玄武が友達とか言わないわよね?」


「違うわ。……親繋がりの、事情知ってる奴だよ」


「ああ、なるほど」


 それなら納得。でも言い方からして一人……いや、これ以上はやめておこう。


「でもまあ……何でもない。俺もちょっと寒くなってきたな」


「え、じゃあこれ返すわよ。元々あんたが勝手に着せたやつだし」


 私は春夢の羽織を脱ごうとしたが、春夢は首を振った。


「いや、いい。体動かして温める」


「……どういうこと?」


「どれだけ着込もうとここの寒さは変わらないし、低体温症になることはないだろうが保険を掛けるに越したことはない。だから……」


 春夢は倉の扉を指差した。


「ここを壊す」


「あんたってやっぱりバカでしょ」

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