第10話-1

 少し慌てたが春夢の重みですぐ冷静さを取り戻せた。

 とりあえず私の上着を丸めて枕にし、春夢を寝かせる。


「大丈夫? あの猫に何かされたの?」


「いや……俺らが普段使ってる術は、青龍・朱雀・白虎・玄武・麒麟のいずれかの神獣に、呪符を通して気をお供えすることでその力を貸してもらってるんだ。金出してレンタルさせてもらってる感覚だな。俺がさっき使ったのは破邪はじゃの法――元々は物との関わりを断ち切る、そこから退魔に使われるようになった呪法の一つだな。さっき挙げた神獣や、その神獣の司るモノの神から力を借りられるから強力だが、当然供える気の量も多くなるから、俺の場合使ったあとは貧血みたいになるんだよ。清めのことばも言ったしな。……もうちょいしたら多分治る」


「……そう」


 暗くて春夢の顔はよく見えないが、重症ではないようで少し安心する。


「……確かその辺に、昨日俺が使って置きっぱなしにしてたランプがあったと思うんだが」


「……えー……分かんないわよ」


「目を瞑って十秒数えて、それから目を開けてみ。結構しっかり見えるようになるぞ」


 言われた通り目を閉じて、一、二……十っ。


「わ、ほんとだ」


 依然として暗いが、物の輪郭は大体見えるようになった。

 あ、あれがランプか。


 取ってきてまた春夢の傍に座る。


 春夢はランプに手を当てた。


「慎みて朱雀に願い奉る、急急如律令」


 フッと周りが明るくなった。春夢がランプに火を点したのだ。


「ちょ、まだ回復してないんでしょ、術使っちゃダメじゃない!」


「大声出すな頭ガンガンする……お前に任せたら最悪倉ごと燃え上がるだろ」


「あー……」


 それは否定できないわね。


「あ、火といえばさっきの猫……みたいなあいつは、結局何だったの?」


「ああ、式神だな」


 間髪入れずに春夢が言い切ったからびっくりした。てっきり「俺も分からない」とか言うのかと思ってたから。


「大方、千崎家の者を傷つけろとでも命令されたやつだったんだろ。最近は水と木ばっか使ってたしそれも」


「ストップストップ! 一般人にも分かるよう説明しなさいよ。まず式神って何?」


「えーそこからかよ……」


「悪かったわね知識がなくて」


「式神ってのは、元々その辺にいる精霊だったり戦って降参させた霊やあやかしだったりを術者が契約によって使役しているものだ。もちろん式神は働きへの報酬が貰えないなら命令に従う必要はないが、貰えるのを前提に主人の言うことは絶対だ。……そういえばここの是正を最近 式神労働組合が訴えたらしいが、どうなったんだろうな」


「それもちょっと気になるけど今は置いておいて。じゃあさっきのは『千崎家を攻撃してこい』って命令された式神だったってこと? ……あれ、なんで私も攻撃されたのよ」


「……匂いで判断したんじゃねえか? 猫型だったし、千崎家の匂いを嗅がされて『この匂いのする奴を攻撃しろ』、みたいなことを言われたのかも。同じ家の空気吸って同じ釜の飯食い続けてりゃ、うちの匂いがお前からしてもおかしくはない」


 なるほど。確かに私がここに来てから、もう一ヶ月が経とうとしている。


「あとこっちも必死だったからしょうがない気もするけど……あいつ殺しちゃったわよ、私たち」


「ああいう奴らには物質的なせいはない。何度殺されても契約が白紙に戻り生まれ変わるのみ。精霊は自然に、妖は夜や闇に、新たな命の種として還るだけだよ」


「……そっか。……今の厨二病っぽかったわね」


「俺もちょっと思ったから言うな。まあ式神が戻って来なかった術者が次どういった行動に出るかは分からないけどな」


「確かに……」


「ああ、あと……玄武は北、青龍は東を司る神獣でもある。北と東の間、つまり北東は鬼門と呼ばれていて、気が不安定ゆえに良くないモノが入ってきやすい方角とされている。最近俺ら、その二つばっか使ってただろ? だから家の中の気のバランスみたいなのが崩れてあいつが入ってきやすくなってたのかもしれない。いつもならあんなのは、うちの結界で弾かれるはずだからな」


「えっ、あんなのって……あれで弱い方なの!?」


「ああ、強い奴だったらお前なんか一瞬で消えてたと思うぞ。運が良かったな」


 ひえええええ。本当に良かった。


「とりあえず説明ありがとう。で、ここから出る方法はあるの?」


「あー……昼飯に来なけりゃ誰かがここまで探しに来るだろ」


「急に雑……でもまあ、それでいいかもね」


 弱ってる春夢を私一人で外に出すのは大変だろうしね。

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