第9話-2

 黒猫はさっきよりさらに激しく攻撃してくる。


 というか完全にヘイトが春夢に向き、私には全然目を向けなくなった。

 でもボーッとしていると火や水が掛かりそうになるから気が抜けない。


「おい、倉の鍵は開いてるから扉を開けてくれ!」


「わ、分かった!」


 猫との間に春夢が入ってくれたのを確認した私は、安心して猫に背を向け扉の取手に手を掛ける。


 うわ、重……っ!

 何この扉、めちゃくちゃ重い! いや、倉の戸ってみんなこんなもんなのかな!


 ぐににににににと歯を食いしばって、なんとか人二人通れるだけの隙間をこじ開ける。


「あ、開けたわよ!」


「よし、中に入れ!」


「あんたは!?」


「こいつを倒してから入る!」


「……分かったっ」


 術を使えない私は足手まといになるだけだ。一抹の不安はあるけど、ここは春夢に任せることにして素直に中に入る。


「扉は絶対閉めるなよ」


「……? 分かったわ」


 私は扉の陰から戦いを観戦する。


 春夢は防戦一方だ。たまに攻撃の水を撃ててもスルリと避けられてしまう。


 四方八方から撃たれる火球を、避けて、水で相殺して、私の知らない呪符で跳ね返して。


 まるで異世界の魔法バトルのようだが、これは今現実世界で行われているものなのだ。


 と、猫が、さっき私に撃ったような大きな火球を一発放った。


「慎みて玄武に願い奉る、急急如律令!」


 春夢は何枚もの呪符を使いそれを蒸発させる。と、


「!」


 横から春夢に向かって猫が大きく跳んできた! 球は囮だったってこと!?


 このままの軌道だと猫は春夢の首に着地して――!


 私は春夢と猫の間めがけて今度こそを投げる。


 ちょっと前に書いた、私が今まで作った中で一番の出来の呪符。

 誰かに見せて出来具合を判定してもらおうと今朝 胸元に入れ、出すタイミングを見失っていたもの。




 お願い、お願いします、青龍さん。


 普段はいがみ合ってるけど、こいつは本当は良い奴で、気が合わないだけで、悪い奴じゃないんです。


 自分の呪いに絶望……したかもだけど、打開策を一人で、今までずっと探してた強い奴なんです。


 こんなところで呆気なく終わっていい人間じゃ、ないんです。


 お願いします、青龍さん、力を、貸してください。


 私、もっとあいつと……!


「慎みて青龍に願い奉る、急急如律令!」


 私がそう言うと、春夢と黒猫の間に大きな木の板、否、壁が出現した。


「「……!」」


 やった、効いた!


 ゴッ


「ニャアァ」


 猫は壁にぶつかり地面に落ちる。


 春夢は目を丸くして壁を、そして私をチラと見たあと、痛みに悶える猫を人差し指と中指をくっつけたチョキで指差す。


りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 そのままの指で縦や横に空中を一切りするごとに春夢はそう唱える。


「ニャアアアアアアッ」


 黒猫は悲鳴をあげる。


 そして春夢は言った。


害気悪鬼がいきあっきを祓い、元柱固具がんちゅうこしん安鎮あんちんを得んことを慎みて四柱神五陽霊神しちゅうしんごようれいしんに願い奉る!」


「ニ゛ャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――!!!」


 猫の体が、いや、猫の形を保っていた黒いもやが爆散した。これ猫じゃなかったのか。


 しかしコアの部分は春夢の呪言に耐えたようで、黒い球体は……え、私に向かって走ってくる!?


 慌てて私は倉の中に入る。春夢も扉の前まで走ってきて球体と対峙する。


 ドンッ


「うっ」


 球体は春夢に体当たりをしたらしい。


 春夢はよろけてそのままこっちに倒れてきた。


 私はその肩を掴んで支える。


「……っ」


 うぅ、春夢の全体重がっ。


 春夢は「悪い」と弱々しく呟いたまま動かない。そんなに疲れてるの……?


 球体ももう消滅しそうだ。ジリジリと地面を這うように進み、最期の最後にぐっと倉の扉を押して、閉めた。


 ガチャン、と音が響き、暗くなった空間に私と春夢だけが残った。


 ひとまず二人とも無事だったことに私はホッと息を吐く。


「……た」


 春夢が何か言った。

 「え?」と聞き返す。


「あいつやりやがった! ここの倉 外からじゃないと開けられないんだよ!」


「……え?」


 異様なほど重かった扉。

 「絶対閉めるな」と言った春夢。

 ここの倉は外からじゃないと開けられない……?


 私はやっと事の重大さを理解し叫んだ。


「あいつやりやがった!」

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