第9話-1
ボウッ ボウッ
「ひいいいいいい!」
私は火の玉をドッヂボールよろしく避けていた。
逃げないのかって?
なんとなくだけど、この黒猫をこの先――つまり家の方に近づけちゃダメだと思ったのだ。
でもさすがに猫も避けてばかりの私に構うのをやめたくなってきたらしい。じわじわと私が来た道の方へ移動していってる。まずい。
私は片手を猫の方に突き出した。
「……つ、慎みて玄武に願い奉る、急急如律令!」
私の言葉に猫はピタッと動きを止めた。やっぱり術が使えるよう訓練された猫なのだろうか。
シーン
しかし何も起こらなかった!
「だよね呪符なしで術使うのは難しいってお義母さん言ってたもん」
猫は完全に私を敵と認識したのかキッとこちらに体を戻しそのまま私に飛び掛かってきた!
「うわわわわわわ!」
右に避けて事なきを得る。と、後ろからヒュッと音が。
振り向くと火の玉がすぐ目の前に。
「ふおおおおおお!」
咄嗟に頭を下げる。多分ちょっと髪の毛焦げた。ううう、この状況どうすれば。
とりあえず足元の石をいくつか拾う。
猫がまた飛び掛かってきたタイミングで、避けながら石をその顔に当てる。
「ギニャアッ」
猫は地面に転がり痛がる。うーん、そういう表情されると私が酷いことをしたみたいじゃない。こ、これは自己防衛だから!
この間にどうにか猫を拘束するなりなんなりしないと。でもそんな綱みたいなもの ここにはないし……!
と、あたふたしている間に猫はすっかり元通りになっていた。というかさっきより怒ってる感じがする。
「ギジャアアアアアア!!!」
「ご、ごめんなさいいいいいい!」
私は走り出した。当然猫も私を追いかけてくる。
いや怖い怖い怖い怖い! 怒った猫に走って追いかけられるの怖すぎる!
てか刺激しちゃダメでしょ私! いや私に近づくと痛い目に遭うよって分からせればいいじゃんって思って! 猫に術使えないことバレてるのに? 痛い目に遭いそうなのは百パー私でしょうが! だよね! 何これ! 一人で会話すんな!
私は走りながら、胸元からあれを取り出そうとした。
「ぎゃっ」
しかし焦っていたからか足がもつれて転んでしまった。
猫はそれをチャンスだと思ったのか、すうっと大きく息を吸い込み
ボウッ、と今までの何倍も大きな火の玉を私に向かって吹き出した。
視界が、赤い。
やばい。逃げなきゃ。怖い。体、動かない。どうしよう。火がスローで近づいてくる。綺麗。あったかそう。じゃない、やだ、やだ、やだやだやだ!
誰か……!
そのとき、目の前にザッと誰かの靴が。
私に土を掛けられ、あいつが文句を言いつつ綺麗に洗い、今はむしろ土を掛けられる前よりピカピカになった靴。
「慎みて玄武に願い奉る、急急如律令!」
その靴の持ち主が発した言葉と出した呪符に従い、虚空から火の玉めがけ大量の水が噴射される。
完全に火の玉を消滅させたそいつは、耳飾りを揺らしながらこちらを振り向いた。
「悪い、もっと早く来れば良かった、大丈夫か!?」
「……っ、大丈夫じゃないわよ! バカ!」
私は半泣きだった。
死を一瞬覚悟したのと、それを目の前のこいつ――春夢のおかげで免れることができたという安堵の気持ちが一気に湧き上がってきたからだ。
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