第7話-2

「む〜〜〜」


「……」


「むううううううう」


「……」


「むあああああああああああ!」


「うるせえ!」


「だって! だってえええ!」


 今日も私たちは春夢の部屋で本を読み漁っていた。


 お義母さんから護符の作り方を教えてもらって三日。

 毎晩毎晩練習しているにも関わらず、未だに私は術を発動できていなかった。


 春夢はわざとらしく大きな溜め息を吐く。


「あとな、毎日励むのはいいが隣の部屋のことも考えろよ。毎晩毎晩 急急如律令、急急如律令って。うるさくて眠れやしない」


「だって、あんたが『基礎できるようになれ』って言ったんじゃない! ちょっとくらい我慢しなさいよ!」


「う……っ。……こんな言い争いしてても時間の無駄になるだけだ。口より手ぇ動かそうぜ」


「……まあ、そうね」


 手元の図鑑に目を戻す。

 えーっとなになに?


『葛根

 葛の周皮を除いた根である。飢餓に瀕した百姓の食物であるが、薬としても使える。血行促進、発汗作用に優れ』


「あ」


 春夢が声を上げた。

 どうしたのかとそっちを見る。


「そういえば前言うのを忘れてたんだが、呪いの書き換えって一回までしかできないらしいぞ。そこで もし失敗したとしてもそれっきり。責任重大だよな」


「……はあ!?」


 こいつとんでもないことを言い忘れてやがった!

 てか、じゃあますます私が術を使えないと……うん、大変なことになるわね。


「……」


 夜の術練、増やそう。


 次の日から春夢は、音を遮断する術が付与された耳栓をして寝ることになるのだった。






 スッと目を開けると、もうすっかり見慣れた木目の天井。

 今何時だろうと時計を見る。


「……え、六時前!?」


 珍しくお義母さんに起こされる前に起きれた!


 ガバッと上半身を起こす。

 やったやったと布団を畳み押し入れへ。

 鏡の前に座り髪を梳き梳き。いつもより時間掛けられるのいいなあ。


「あ、そうだ。せっかくだから縛ってみましょう」


 草刈りのときお義父さんがくれた飾り紐。上品な赤ですごく綺麗なのだ。

 土が付いたら嫌だからとあのときは付けなかったけど。


 この色やっぱりいいなあと思いながら髪を結い結い。

 うん、少し下になってしまったけど、これもこれでいいだろう。


 もうお台所に行っちゃおっかなーと部屋から顔を出す。


 と、廊下をフラフラ歩く人影が。あれは……春夢だ。かなり危なっかしい足取り。


 私は部屋から出て春夢の肩をトントンと叩いた。

 春夢は振り返る。


「……おはよ」


 めっちゃ低い声。


「おはよう、大丈夫? さっきからフラついてるけど」


「んー? ……ああ、隣、うるさくて、寝れないから、どうせだったらって、てつやした……ふわぁ」


「バカなの?」


「馬鹿じゃないし」


 そこで春夢の視線は私の目からちょっとずれた。


「?」


「……髪」


「……ああ、今日は珍しく早く起きれたから縛ってみたの。紐はお義父さんから貰ったやつよ」


「……ふうん……」


 春夢はボーッとした目のまま、また歩き出した。


 ちょっと怖いけど、私はこの場を立ち去ることにする。

 こんなことで時間を潰していたら、いつもと同じ時間になっちゃう。






 ここに来て初めてお義母さんの驚き顔を見た私は、そんなお義母さんと一緒に料理を作っていた。


 そこで居間の戸が開く音がした。


「あれ、おはよう桜さん。珍しいね?」


「あ、お義父さんおはようございます! あれ、そういえばお義父さんの部屋の明かり、私が通ったときには消えてた気が……? どこにいたんですか?」


「ああ、お風呂場だよ。毎朝お風呂掃除をしているからねえ」


「へえ! そうなんですか!」


 いつも遅く起きてくる、というか起こされるから知らなかった。


「なんか今日は自然に目が開いちゃって。多分明日はまた起きれないと思いますが」


「ははは……桜さん、私が珍しいと言ったのはそれだけじゃないよ?」


「……? あ、髪?」


「私も珍しいと思いました。しかもその紐、げんさんが前に桜さんにあげたものですよね?」


「おお、使ってくれたのかい!」


 お義父さんは ぱあっと笑顔になった。ちょっとかわいい。


「はい、せっかく貰ったんだしと思って……」


「ありがとうねえ、嬉しいよ。あとでぜひよく見させてほし……これだと私が変態みたいかな」


「いえいえ! 素敵な人とイケメンに限って大丈夫な言葉ですから!」


「ははは、そうかい?」






 朝食ができ、春夢も来て、みんなでいただきます。


 今回私は生姜焼きを作った。まあ、またお義父さんは当てるでしょうね。


「はい!」


 と、なぜかここで手を挙げる春夢。


 私はお義父さんとお義母さんと目を合わせる。首を傾げる二人。


 春夢はビシッと皿を指さす。生姜焼きとキャベツの千切りが載っている皿だ。


「お前が作ったの、生姜焼きだろ!」


「あ、正解」


 私が応えると春夢は左手をグーにして高く挙げた。


 ……なにこれ。


 私はお義父さんとお義母さんと目を合わせる。首を振る二人。


 そういえば徹夜したって言ってたけど……


「深夜テンションを引きずってるみたいだねえ」


 そういうことですよね。


 春夢は得意そうに喋る。


「っしゃーやっと当てたー! さすがに最初突き放しすぎたと思ったけどだからって距離を縮める方法が思い付かなくて料理を当てればそこから話せるようになるかもと思ってたけど普通に当てられなくて親父には魂胆がバレてるっぽいしと思ってた矢先のこれだよ! やっぱ俺っててんさ……」


 そこでスーッと真顔になっていく春夢。


 そしてバッと両手で顔を覆った。やっとシラフに戻ったらしい。


「……」


「……」


「……」


「……」


 どうすんのよこの空気。


 ていうかこいつめんどくさ! だからたまに「これいつもと味違う?」って聞いてたのか分かりにくいわ! めんどくさ!


「あ、えーと、おいしいよ、すーちゃん、桜さん」


「あ、ありがとうげんさん……」


「あああありがとうございます……」


「……ぅぅ……」


 人生で一番気まずい朝食の時間になった。

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