第7話-1

 春夢が言っていた「解読を楽にするアイテム」とは「飴玉」だった。象牙色でコロンとしている。かわいい。


 曰く、古語を現代語に直す術が練り込んであり、舐めてから文を読むと翻訳された内容が勝手に頭の中に浮かんでくるそう。


 「そんな秘密道具みたいなのあり!?」と叫んでしまったけれど、確かに便利な道具だ。


「あと書き換え作業自体も手伝ってもらうからな」


「え」


「書き換えるだけとは言っても消費する霊力は大きいだろう、あんな呪いだしな。一人でやるよりも二人でやった方が一人分の消費霊力と負担は少なくなるだろ?」


「……え? え、待って待って、私 術なんて使えないわよ?」


「練習すりゃできるようになるわ。お前だって霊力自体は高いんだからな」


「なん……あー、この家に二十分以上居れるとっていう あれね」


 なんで私の霊力なんて分かるんだと言おうとしてたけど思い出した。私偉い。


「てことで次の定休日、誰からでもいいから術のやり方を教えてもらえ。もちろん呪いの書き換えのやり方じゃなくて、術の基礎を、だ」


「……あんたは?」


「人に教える、しかも物覚えの悪そうなお前に教えるなんて絶対やだ」


「……あっそ」


 私もあんたには教わりたくないわ。






 ということで、お店の定休日にお義母さんから教わることになった。今日がその日である。


「ではお義母さん、よろしくお願いします!」


「はい、こちらこそ。しかし驚きました、桜さんが術を教えてほしいと言ってくるなんて。前、手間がかかるものは難しくて苦手だと言っていた気がするのですが」


「あはは、お義母さんが魚を捌いていたとき言いましたね、それ、よく覚えてましたね。まあ、その……お義母さんが前に言っていたように、やっぱり自分の身を守れるくらいにはなっておきたいなって思って」


「そうですか……それこそよく覚えてくれていましたね」


 微笑むお義母さんの顔を見て、嘘を吐いたことに「うっ」と罪悪感を覚える。いやでもほら、全く思ってないわけでもないし。


「ではこちらに来てください」


「え……台所?」


 予想外で棒立ちになっていると、お義母さんは台所前の暖簾をくぐって向こう側に行ってしまった。慌てて追いかける。


「万が一何かが燃えたり水浸しになったりしても、ここなら対処できますから」


「何させられるんですか私」


「万が一、ですから大方大丈夫ですよ。ではこれを」


「?」


 お義母さんに渡されたのは、この家に来てから何度か見た、横の辺が長い紙。そう、呪符だ。ただし白紙。そして束。


「媒体無しに術を使うのはとても高度なわざです。普通は呪符を使います」


 そういえばお義父さんも春夢も、術を使うときはお札を使っていたなあ。


「呪符の書き方にはいくつか種類がありますが……うちは最もポピュラーな方法、文字を用いています」


「文字……私、毛筆上手くないんですよね……」


「いいえ、大丈夫です。お札の効果はそこに込めた書き手の気持ちと霊力に寄るのですから。文字の上手さは関係ありません」


 そうなんだ。ならちょっと安心。


「では桜さんが習得したい、自分を災厄から護ってくれる呪符――この場合は護符と言った方が正しいかもしれませんが――を書いていきましょうか」


「はい!」






「できたー!」


 時計を見てなかったから正確には分からないが、すごく長い時間を掛けて私は満足のいく一枚を書き上げた。


 細かいところがぐちゃっとなったり、単純に漢字を間違えたり、「護ってください」という気持ちを込めるのを忘れてたりしてなかなかうまくできなかったのだ。


 日常で使わない筆(筆ペン)、日常で使わない漢字だらけ、そこに気持ちを込めなきゃだなんて私には難しすぎる。


「お疲れ様です」


 ずっと私を見守ってくれていお義母さんも心なしか嬉しそう。


「ではさっそく試してみましょうか。桜さんが書いたお札の文字は『木』を司る神獣、青龍の力を貸してもらえるものです。使うときは、お願いします、力を貸してください、という意味の『慎みて青龍に願い奉る、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう』という言葉を唱え、お札を攻撃してくるものの方に突きつけてください」


「はーい」


 ここで居間に移動。

 お義母さんは毛糸玉を手に取った。


「では桜さんが唱えたらこれを投げますね」


「分かりました」


 よし、と気合いを入れる。


「慎みて青龍に願い奉る、急急如律令!」


 呪符をお義母さんの方に掲げる。


「えいっ」


 お義母さんが毛糸玉を投げた。

 そしてそれは


 ポン


「……」


「……失敗、か〜〜〜」


 私の肩に当たった。


 初めてだから上手くいくわけはないとは思ってたけど、すごく頑張って作ったからやっぱりちょっとショック。


 毛糸玉を拾って、意味もなく眺めてみる。


「桜さん」


 お義母さんが目の前に立った。

 と、お義母さんは優しく笑った。


「最初はみんなこうです。私もげんさんも春夢さんも、みんなここからでした。なので……あまり深く思い詰めないでくださいね?」


「……はい」


 お義母さんは私の手から毛糸玉を取って、もう一度台所へ入っていった。お昼ご飯を作るのだろう。


「……」


 思い詰めるというより……私は純粋に悔しかった。

 あんなに頑張ったのに報われないって……なぜか青龍さんにもいらつき始めたわ。


「……うん、決めた」


 決めた、これをマスターする。

 春夢への協力とか一切抜きにして、この術を使えるようになりたいと思ったから。悔しいから。


「……お義母さん、私も手伝いますよ!」


 でもまずはご飯だ。腹が減ってはなんとやら。

 私は暖簾をくぐって昼食作りの手伝いに向かった。

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