第5話-2

 部屋に掛かっている時計を見ると十時を過ぎていた。


「……居間あっちで菓子でも食うか」


「あ、いいわね」


 春夢が先に廊下に出て、私が後に続く。


 私が出ると春夢は戸を閉めてくれた。そういえば入るときもやってくれてたな。


 こういうところに気がつくと、やっぱり本当は良い奴なんだと思ったり。


『わざと突き放すような言い方したことがあった』


 ……いや、あの言い方からしてナチュラルな酷い態度だったこともあるんじゃないだろうか。


 やっぱり一発殴ろうかと目の前を歩く背中を見つめたり。殴らなかったけど。





 居間に着くと春夢は「座ってろ」と言って台所に入っていった。私は大人しく自分の席に座る。


「わ、可愛い」


 テーブルに小さな折り紙があるのを発見。


「ねえ、この折り紙なあに?」


 大声で台所に呼びかけてみる。


「あ? 知らねえ」


 大声で返ってくる返事。ちょっとやまびこっぽい。


「使ってみてもいい?」


「いいんじゃないか?」


「じゃあ一枚使うわね」


「んー」


 ということで、私が唯一折れる鶴を折ることにした。一番上にあったピンクの紙を手に取る。


 折って、開いて、折って、畳んで。

 よしよし、後は首と尻尾になるところを作って……


 カタン


 斜め前に何かが置かれる音がしてふと顔を上げる。


 春夢がお盆に湯呑みとお饅頭を載せて持ってきていた。お茶を淹れるために台所に行ってたのか。


「……ありがと」


「……ん」


 なんか変な空気。


 ……私が変な言い方をしてしまったのだろうか。いやだってこいつにお礼を言うのに慣れてないんだもん。そもそも言う対象だと思ったことが今までなかったから……誰に弁明してるんだ私は。


 春夢もこの空気をどうにかしたいのだろうか、私の斜め向かいに大きく椅子を引きずって座った。


「……何作ってんだ?」


 春夢の方から話しかけてきた。ありがたい。


「鶴折ってるの。折り紙で私が唯一折れるやつ」


「へえ……俺チューリップしか折れないわ」


「それは『折れる』に含まれるの?」


 ちょっとお互い笑みが浮かぶ。


「うるせえ。けど世の中、チューリップしか折れない奴は結構いると思うぞ」


「まあ、それはそうかもね」


 折角だから温かい内にお茶を一口。ほっとする温度が喉を通り、思わず「ほぅ」と息が漏れる。


「どうだ?」


「え……緑茶の味がする」


「当たり前だろ馬鹿なのか?」


 ぐぬぬ。だって、ここで「おいしい」と言ったら負けな気がしたから。何と戦ってるのかは分からないけど。ぐぬぬ。


 とりあえず鶴を折ってしまおう。


 何気に顔を折るのが難しいのだ。一旦折り目をつけて、開いたところにその線で折り込んでっと。

 あとは羽を広げてあげれば……うん、なかなかいいんじゃないかしら。


「完成か?」


 春夢が聞いてきたので「ええ」と返し、「ほら」とピンクの鶴を手渡す。

 春夢はじーっと鶴を見ていた。そんなに見られると分かっていたらもっと丁寧に折ったんだけど。


「なあ、ちょっとやってみたいことがあるんだが、いいか?」


「え、ええ。全然」


 何されるんだろうと思っていると春夢は鶴の羽を、何かをブツブツ呟きながら数回撫でた。


 そしてふっと手を離す。


「え、え、何これ!」


 春夢の手を離れた鶴は生きているかのようにパタパタと羽を動かし空中をクルクル飛んでいた。


「物を飛ばす術と物を動かす術を掛けてみた。初めてだったんだが……上手くいったな」


 春夢はちょっと得意そうだ。


「効果は小一時間といったところだろうけど、まあ」


 また変なところで春夢は言葉を切った。というより言い淀んだ。


「? 何よ」


 私が促すと春夢はちょっと耳飾りをいじり口をもごもご。


 そしてそっぽを向いて


「その……お前が喜んでくれて、良かったよ」


 春夢は卓上のお饅頭をがっと口に突っ込む。


 私はぽかん。そして頭上を回るピンクの鶴と、桃色がかった頰の春夢とを交互に見る。


 ……もしかして、これはこいつなりの仲直りの証、みたいなものだとでも言うのだろうか。


「……」


 正直、子どもっぽいな、と思う。でもなぜか、馬鹿にするような笑みは浮かんでこない。


「ふふっ」


「……なんだよ」


「いいえ、別に?」


 口角が上がるのを隠すように私は湯呑みを口に運んだ。


 ぬるいお茶だったにも関わらず、ほう、と温度のある息が漏れる。

 おいしい。

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