第5話-1
髪を乾かして居間に戻ったけれど二人の姿はなかった。
時計を見ると開業時間を少し過ぎていたので、各々移動したのだろう。私も春夢の部屋に向かうことにした。
廊下を歩きながらお義父さんがお義母さんの前で笑うことを一瞬心配して、あの愛妻家なら大丈夫だろうと思い直したり、やっぱり私と春夢ははしゃぎすぎだったなと思ったり。
春夢の部屋の前で「来たわよ」と声を掛ける。
中で物音がして春夢が戸を開けた。
早速用件を聞こうとしたが
「一旦部屋ん中入れ。ここの廊下、音が外に丸聞こえなんだよ」
と小声で言われ、「分かったわ」と私も小声で返し部屋に入った。お客さんの迷惑にならないようにしないとね。……玄関がビチャビチャでしたらごめんなさい!
春夢の部屋は前に来たときよりもちょっとだけ綺麗になっていた。それでも本だらけなのに変わりはないけど。
無理やり空けたようなスペースに座布団が二枚セッティングされている。
ここで話すのだろう、春夢が戸を閉めてそこに向かうので私もついていく。
向かい合って座るとなんとなくここに来た日を彷彿とさせた。
春夢は口を開いた。
「俺が呼んだのは……」
しかし春夢はなぜかそこで「はぁ〜」とため息を吐いた。
「何よ」
「……いや、特に意味はないような気がして。つか単なるお前の性格の問題かもって思えてきた」
「だから何が!?」
「……お前は!」
春夢はビシッと私に指を突きつけた。
「お前はなんでしつこく何を調べているのか聞いてくるんだ! お前には関係ないって言ってんだろうが! くどい! しつこい! 迷惑!」
「……。はあ!?」
急な話で一瞬理解できなかったが、何を言われたのか分かった途端、私は思わず立ち上がった。
「あんたが訳あり風に『なんでもない』って言うからでしょう!? 本当は知ってほしいからそんな態度だったんじゃないの!? しつこかったのはあんたの方よ!」
「違えよ馬鹿! 俺はただ……。もういい、これからは今以上に接触しないようにし」
「そういうとこ! また気になる切り方した! やっぱりわざとなんでしょ!」
「んなわけないだろ!」
「大体ねえ!」
今度は私が春夢をビシッと指さす。
「この家のことを教えられた時点で、というかあのお見合いもどきをした時点で『関係ない』はなくなってるのよ!」
「……は?」
「つまり! ……えっと、『関係ない』が通じるのはその人との関係が本当に赤の他人であるときだけで、関係ないだなんて言いたかったら
うちの両親もグルのような気がするけどここでは無視。
春夢は視線を横に逸らす。
「……それについては、まあ、申し訳」
「だったら」
私はそんな春夢を遮った。
「だったら、いえ、だからとことん付き合わせなさいよ。情報を渡されたからには私にも協力する権利はあるでしょう」
言ってから、ああ、モヤモヤしていた理由はこれか、と思った。
ちょっと教えておきながら、関わらせておきながら、「関係ない」はモヤモヤする。
春夢は伏し目がちになった。
「……お前はもう十分すぎるくらい協力してくれてるじゃねえか。何も知らされないまま ここに放り込まれて、しなくてもいいことも……うちの両親とも仲良くしてくれて」
急に春夢のトーンが下がって、急にらしくないことを言うもんだから私もなんだか拍子抜けしてしまう。
春夢は続けた。
「正直お前が来てから本当に調子がいいんだ。あの『同年代の異性といると』ってやつ、実は前まで半信半疑だったんだが信じざるをえなくなった。……呪いへの効果はもう出てるし、これ以上うちの事情に巻き込みたくないんだよ……お前を」
「……」
「でもお前は乗りかかった船だって言うんだな?」
「……うん」
何その言葉、と思ったけど今は言わない方がいいわね。
「そっか」
春夢はふうと息を吐いて黙りこんでしまった。私も何となく静かにする。
「……俺、めっちゃ無駄なことしてたってことじゃん」
「……え?」
私が反応すると、春夢と一瞬目が合った。またすぐに逸らされる。
「……わざと突き放すような言い方したことがあった。『こんな奴には関わりたくない』って思われるようにな。……その節は、ごめん」
春夢はちょっと頭を下げた。
「……」
……なんだか、むず痒い。
空気に耐えられず私は思わず
「あんたって無駄なところに気を使いがちよね」
とケンカの火種になりそうなことを口にしてしまった。
春夢は何か言いかけて、しかしやめると
「……はははっ、やっぱお前嫌いだわ」
そう言って、重いものがなくなったかのように笑ったのだった。
「……」
思考が停止した。
それは多分、こいつの笑顔を見るのがここに来てまだ二度目で慣れてないからだろう。
何も言わなくなった私を見て何を思ったのか、春夢は立ち上がり咳払い。
そして私を真っ直ぐ見つめて言った。
「じゃあ、とことん付き合ってもらうからな!」
「……え、ええ、望むところよ!」
私はなんとか反応する。
少しの沈黙。
そしてなぜかだんだん口角が上がっていく私たち。
遂に耐えきれなくなり、私たちはどちらからともなく吹き出し笑い合った。
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