第3話-2

 その日の夜、春夢がお風呂に入っているときにお義父さんが話しかけてきた。


「今、大丈夫かな?」


「ん……はい、どうしたんですか?」


 私はテーブルに置かれていた煎餅を飲み込みすぐに応える。

 この煎餅もお客さんから貰ったものらしい。おいしい。


「いやいや、大した話ではないから食べながらでいいよ。私も食べよう」


 お義父さんはそう言って向かい側に座り煎餅を手に取るとバリッと噛んだ。


「どうだい、うちの生活には慣れたかな?」


「はい! お義父さんもお義母さんもとても優しくて、毎日すごく楽しいです!」


「ははっ、それは良かった。……正直、春夢のことは?」


 私はスーっと目を逸らした。


「ええっとですねえ、まあ、うん、苦手、かもです……すみません……」


 正直に、と言われたんだしいいだろう……。

 お義父さんはクスクス笑う。


「いいんだよ、あんな態度じゃあねえ。反抗期とはいえ、前はもうちょっと取っ付きやすかったのに……。……桜さん」


 お義父さんはお煎餅を見ながら、なんでもないように言った。


「あいつと、友達になってはくれないかね」


「……?」


 どういうことだろう。


 今私がここにいるのは呪われた人、つまり春夢の寿命を延ばすための措置で、お見合いからの結婚、という流れではないらしい。


 だから私は春夢とは距離のあるまま五ヶ月後を迎えようと思っていたのだけど。向こうだって私とは合わないと言っているし。


「我が家の事情に巻き込んでいることは申し訳ないし、これ以上勝手なことを言うのは桜さんにとって迷惑だろうけどね。一人の親として、あの子に不自由させていることもまた申し訳ないと思っているんだ。うちのことを知っている者は少ない、というかあまり言いふらしてはいけない事情だからね。あの子は呪われたときに高校の友達と縁を切ったんだ」


 それは仕方ないことだろう。呪った者が未だに分かっていないのならなおさら。


 言ってしまえばそれはそうなのだろうが、やはり親としては、家の事情で諦めなければいけないことがある子どもに思うところがあるのだろう。


「……今は全然仲良くないですし、」


 お義父さんが見たことない顔をしていたのを見て私は恐る恐る口を開いた。


「この五ヶ月でどこまで仲良くなれるかは分かりませんけど、とりあえず今のお義父さんの言葉は覚えておきますね」


 お義父さんは表情を和らげて頷いた。


「ありがとう、そうしてくれると嬉しいよ。別に態度も今まで通りで大丈夫、合う合わないはどうしてもあるだろうからね。無理に仲良く、とは言わないさ。ふふっ、でもね」


 お義父さんは私と目を合わせて言う。


「私はね、桜さんと春夢は合うところがあるように見えるよ」


「……どうなんでしょうね……」


 私たち、昼に喧嘩したばかりなんですけど。





 いつも通り春夢が居間を出ていった少し後に自分の部屋に向かうと、いつも通り春夢の部屋の明かりが点いていた。


 少し戸が開いていたためなんとなく中を見ると机に突っ伏しゆっくり肩を上下させる春夢が見えた。寝落ちしたみたいだ。


 ちょっと迷ってからお義父さんとの会話を思い出し、春夢の部屋にそっと入った。





 初めて春夢の部屋に入ったが、なんか、遊び心がないというか真面目というか。


 壁際に置かれた本棚にも床にも机の上にも本がびっしり。


 春夢は教えてくれないが何かを独自でやっている節があるから、その勉強のためのものもあるのかもしれない。


 私はしばらく部屋の様子を眺めてから、既に敷かれていた布団の掛け布団を掴んで持ち上げた。


 そのまま春夢に掛けてやる過程で机の上のものが目に入った。


 筆で描かれた植物たち。どうやら昔の植物図鑑のようだ。

 昼間に言っていたのはこれかと思うと同時によくこんな絵で分かるなと思った。


「……ん」


 春夢が声を出した。


 マズいと思ったが起きる気配はない。でも長居したら起きる可能性は高くなるだろうな。

 私は「ふう」と息を吐くとそのまま春夢の部屋を出てそっと戸を閉めた。





 翌朝、今日も今日とてお義母さんに叩き起こされ、うとうとしながらきゅうりの浅漬けを作り、みんなで朝ごはんの時間となった。


「今日桜さんが作ったのはこのきゅうりの浅漬けかな、あとご飯も炊いたかい?」


「お義父さん本当すごいですね……」


 なんか毎朝恒例となった、お義父さんが私が作った料理を当てる大会。今日も全問正解だ。


「……そういえば」


 唐突に春夢が口を開いた。


「昨日寝落ちてたっぽいんだけど布団掛けてくれたの誰?」


「あ、私」


「……へー」


 お礼は無いだろうな。まあいいけど。


「サンキュな」

「むぐっ」


 私はご飯を喉に詰まらせかけた。


 だってお礼言った! 春夢が私に!

 春夢はそんな言葉を使うわけないと思ってた!


「桜さん大丈夫ですか?」


 無表情だけど心配そうなお義母さんに私も無表情でコクコク頷くと味噌汁を飲んだ。


 なぜか分からないけど口角が上がってしまいそうだ。


 ちゃんとお礼言えるじゃない、なんて言ったらまた喧嘩になるだろうから何も言わないけど。


 私は春夢の人間性を少し見直すという我ながら酷いことをしたのだった。


 まあ、彼とは相変わらず目が合わないが。

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