第3話-1
お義父さんもお義母さんもとっても良い人たちだ。
一緒に生活するようになって一週間近く経ったがお互いギクシャクすることはなく、本当によくしてもらっている。
「桜さん、私たちはそろそろ開店の準備に行かなければならないので……」
隣で草を刈っていたお義母さんとお義父さんが立ち上がった。
「あ、分かりました、お疲れ様でーす」
「悪いね、この後手伝いに何人か来させるから」
「はい、ありがとうございます!」
私たちは現在、
ここは見た目を楽しむというより薬草を育てるための場所だそうで、薬草と雑草の区別がつかない私は二人の指示通りに鎌を動かしていた。
後から来るという人はここ、千崎屋の従業員だろう。お見合いのときに屋敷の前で私に「お待ちしておりました」と言った人たちだ。
お偉いさんも御用達の千崎屋の従業員であるため私なんかよりも所作が綺麗だった、ということだ。
「でも、私どれが薬草か未だに分からないんですけど……」
「ああ、その点も心配はいらないよ。エキスパートを連れてくるからね」
さすがお義父さんだ。
二人は顔を見合わせて微笑むと
「じゃあ」
「では」
と言って縁側から上がっていった。
本当に仲良いよなあ。
「てことはしばらくは一人ってことよね……うん、何かやらかさないようにお店の人が来るまで待ってましょう」
私は義父母がいなくなった後、縁側から一旦上がって台所に向かった。
変わった模様(これが呪文らしい)が彫られている冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。
この家に電気、ガス及び水道は通ってないらしいのだが、全て術で解決してしまっているそうだ。術って万能すぎる。
まだ朝と言っていい時間であるにも関わらず、既に体は火照って汗が滲んでいた。あとでシャワー浴びさせてもらおう。
麦茶を一杯だけ飲むと私は中庭に戻った。
「お疲れ様ですー」
「お疲れ様でーす」
「あああすいません、もう来てくれてたんですか!」
そこには既にお店の人たちが。
私も慌ててその中に混じっていった。
「あの、植物の見分けって出来ますか?」
「ええ、大体なら分かりますよ。でも私も怪しいものは……あ、まだ来てませんがその人に聞いてください」
「はい、ありがとうございます!」
顔なじみの従業員さんに話しかけるとそんな頼もしい返事が。
その人の隣にしゃがみ込むと、私は再び鎌を振るい始めた。
……これ刈っていいやつかな。
店番の交代で顔なじみさんがいなくなってから数分後。
私は雑草なのか薬草なのか、なんか微妙な草と対峙していた。
うーん、いっぱい生えてるから雑草っていう決めつけはよくないと、さっきお義父さんに教えられたし。
周りに聞こうにもみんなちょっと遠いし。ここの中庭無駄にでかいな。
「……」
……よし、刈ってみよう。これはなんか雑草な気がする。
あー、そう思ったらどんどん雑草に見えてきた。
私は左手でその草の茎を持って、右手の鎌を近づけると
「バッカそれは切るな!」
と言って背後から誰かに鎌を取られた。
「あっぶな……分からねえやつは人に聞けって言われなかったのか!? てか常識だろ慣れない分野で独断は危険だって!」
「とりあえず鎌置いて話してくれる? なんか私が刈られそう」
鎌を取り上げた姿勢のまま、心なしか若干引いてる顔で捲し立てる春夢に冷静に話しかける。
春夢はまた何か言おうと息を吸ってそのまま「はあ……」とため息にすると鎌を置いて私の隣にしゃがみ込んだ。
「これは
ご丁寧にそんな解説もされた。
「ふーん、分かったわ。じゃあさっさと鎌返して。あんたも手伝えって言われて来たんでしょ?」
春夢は少し迷ってから鎌を私に返し口を開いた。
「植物の見分けが出来ねえやつがいるから監督してくれって言われて来たんだよ……お前のことだな……」
その言葉に私は一瞬固まる。
「え……え、ちょっと待って、お義父さんが言ってたエキスパートってあんたのこと……?」
じゃあ、あのとき二人が顔を見合わせてた理由って……。
私たちはお互いの顔をチラと見ると、互いにため息を吐いた。
お義父さんもお義母さんもとっても良い人たちだし一緒にいたいと思うけれど、こいつとだけは一緒にいたくないと思ってしまうのよね。
「それは抜いていいやつ。けどその隣のは育ててるやつ」
「はいはい」
隣から飛んでくる春夢の指示に従って雑草を抜き始めてどれくらい経ったのだろう。
春夢は自分の鎌は一切動かさずに、というか地面に置いて私に指図している。あんたも働け。
いや、まあ、私が春夢の目がないところでいっぱいやらかしかけたからという理由を出されたら何も言えないのだけど。
さすが次期当主なだけはあって薬草に詳しい。
「何見て草の区別ができるようになったの? 独学?」
「ああ、医学と呪術はお互い補い合う関係にあったからだろうな、うちには薬草なんかの本も結構あるんだ。前にお前の部屋に本取りに行ったことあったろ、あそこにも植物の本があったぞ」
「へー、あれそうだったんだ。いくら将来のためとはいえ古文も読むなんて勤勉ね」
「………………まあな」
なんだ今の間。
まさか照れたのか? と思って隣を見てみると、しかし春夢は暗い表情だった。
「……ねえ、あんた一体何を調べてるわけ?」
春夢と目が合った。
けれども彼の目はすぐに逸れ、
「……関係ねえだろ、手動かせ」
「……」
そうぶっきらぼうに言った。
イラっとしたけれど、あんたも手伝いなさいよ、とはなんだか言えない感じがして、私は春夢の靴にわざと土をかけたのだった。
当然口喧嘩になった。
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