第2話-3

 ある程度の部屋の掃除を二人でやり、そのあと玄関の掃き掃除を任せられた私は、一人玄関に向かった。


「あれ」


 お義母さんが言っていた場所に箒がない。

 「もしかしたらもう誰かがやっているかも」とお義母さんは言っていたけど……。


 ドアをガラガラと開けると、


「あ」


「あ……時間余ったからやってたんだけど」


 掃き掃除をする春夢がいた。


「お袋に言われて来たんだろ? もう終わるからこっちはいいぞ」


 一瞬もこちらに目線を寄越さず春夢が言う。


「……そう」


 何となく気まずい雰囲気の中、私はやっとのことでそう言うと、再び扉をピシャンと閉めた。





「お義母さん、他にやることないですか?」


 私は玄関から戻り、廊下で掃除機をかけているお義母さんに声を掛けた。


「あら、やっぱり誰かがやっていましたか。ここが終わったら店を開きますから、桜さんは……そうですね、お昼休憩まで部屋でゆっくりしていてください」


 昨日来たばかりの私がここの店の手伝いなんてできるわけがないし、ここは素直に「はーい」と返事をした。


「昨日の今日で環境が変化し、他人だらけの空間に入れられたこともあって疲れたでしょう。たくさん休んでください。部屋も桜さんが使い勝手いいように、物の配置を変えてもいいですからね」


「! ……はーい!」


 お義母さんは私が疲れてると思ったのもあって部屋に戻るように言ったのか。お義母さん良い人すぎる。


「私、お義母さんみたいな人好きです」


「何言ってるんですか?」


 お義母さんに完全に心を許した瞬間だった。我ながらチョロいな。





 さて、ゆっくりしろとは言われたけれど何もやることがない。いや、ゆっくりするとは何もしないことなのかもしれないけど。


 部屋の物を動かすのは面倒くさい、部屋に何があるのか確認するのもすぐ終わった。


 そこで私は部屋の畳に寝っ転がって天井の木目をボーッと見ることに専念していた。


 あそこ犬の横顔っぽいなーとか思っていると、


「おい、入ってもいいか」


 春夢の声だ。


 私は上半身だけ起こし「どうぞー」と言った。


 春夢は戸を開け、私の部屋をキョロキョロ。


「何しに来たのよ?」


「この部屋前まで物置部屋だったから……なんか本みたいなのなかったか?」


 本? わざわざ探しにくる本って……。


「いかがわしい本なんて見てないわよ」


「ちげーよ馬鹿、俺が探してるのは和綴じ……紐で綴じられた本、昔のことが記録されてるやつだ」


 何それ……?


 フリーズした私を放って春夢は勝手に部屋に入ると奥の押入れを開けた。


「あ、これだわ」


 「よっ」と春夢が立ち上がって抱えたのは古そうな本たち。本当だ、昔の本と言えばってやつ。布団を片付けたときは気づかなかった。


「これ持ってくから」


 そう言ってそのまま出ていこうとする春夢に私は素朴な疑問を投げかけた。


「それ何の本なの?」


「……言う必要ねぇだろ」


 ……は?


「にしてもこんなに少なかったか? お袋がどっかにどかしたな……倉か……?」


 ブツブツ言いながら春夢は部屋を出て戸を閉めていった。


「はあ!?」


 世間話のノリじゃん! あのままだと気まずいかなと思って言ってあげたのに! お前友達いないだろ!


 それともあの本が地雷……? まさか、やっぱりあれは昔の男性の娯楽品……?


「……はあ、退屈だとくだらないことを考えちゃうわね」


 なんであのお義母さんからあれが産まれたんだろう、なんて考えながら、私は再び天井を眺めることにした。





 お昼ご飯はお得意様からもらったというイワナの塩焼きだった。

 身がホクホクでおいしい。


 と、春夢が口を開いた。


「午後、倉に行きたいから鍵貸して」


 お義父さんはそれを聞くと箸を置いて、


「春夢、お前は……まあいいか、食べ終わったら渡すよ」


 そう言ってまた食べ始めた。


 私は何の話だか全然分からないし、多分お家の何かなんだろうと思って黙々と魚をつついていた。淡水魚うまあ。


「……桜さん、おいしいですか?」


 お義母さんが聞いてきた。 


「はい! とっても!」


 私は無駄に明るく応えた。

 今の沈黙は朝食のときとは違ってちょっと苦しかったから。


「声がでけえよ馬鹿」


「はあ!? お義母さん聞きました今の!」


「おま、それはずるいっ」


「春夢さん!」


 春夢がボソッと呟いたことがきっかけでまた軽い空気が戻ってきた。

 春夢が私の考えを察してわざと言ったのか、単純に思っただけだったのかは分からないけど、救われた形になった。


 怒るお義母さんと言い返す春夢、そしてそれを眺めて笑うお義父さんを見て、やっぱり朝と変わらない空気に私は笑ったのだった。

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