第2話-2
「……てください、起きてください、桜さん。……もう、今何時だと思っているんですか!」
藺草の匂い。
普段はベッドなのに、私は今日、布団の上で目覚めた。
私を起こしたこの人は……
「あ、お義母さんおはよーございます」
「おはようございます桜さん。今何時か分かりますか?」
「……? 七時過ぎましたね」
「そうですよもうみんな起きてます! 昨日一緒に朝食作るって言ったじゃないですか! 早く布団畳んで台所に来てください!」
あーそういえば、昨日おやすみを言ったときに言われたような気がする……。
「全く、今日も仕事はあるんですから……。ここにたすき置いておきます、先に行きますが早く来てくださいね」
それを聞いた私は慌ててお義母さんを呼び止めた。
「あ、お義母さん!」
「今度は何です?」
「私、たすき掛けできません」
「……」
「……なあお袋。今日の味噌汁いつもと違う?」
朝食のとき春夢が味噌汁をひと口飲んでお義母さんに尋ねた。
それを聞いてお味噌汁を飲む義父母。
そもそもこの家の「いつもの味」を知らないしなぁと思いつつ私もひと口。
うん、我が家とは違う味だけど普通においしい。
「うーん、別にいつものすーちゃんの味だと思うけど。おいしいよ、すーちゃん」
「げんさんどうも。私も変な感じはしないけれど……」
首を傾げる義父母。
「あーじゃあ俺の勘違いか」
なんなんだよ。でもあるよね、違う味のような気がしたけど実は全く同じだったってこと。きっとそれだろう。
しばらく無言、時々「これ美味しい」みたいなことを言い合いつつ朝食を進める。無言が苦しくないのがいいなと思った。
「おや」
お義父さんがサラダを食べて言った。
「このドレッシング、もしかして桜さんが作ったのかな?」
「「え」」
春夢とハモった。
「そうです! 今日寝坊しちゃって、ドレッシングだけ作らせてもらいました! お義母さんが言った通りに作ったはずなんですけど……変な味でした?」
「ああ、いや、美味しいよ。ただなんとなく、そうかなって思っただけだから」
「何で分かるんだよ親父……」
「春夢は食への興味が薄いからなぁ」
「「……」」
いや、お義父さんがすごいだけだと思います。
食器洗いは春夢、洗濯はお義父さんの仕事らしいので、私はお義母さんに倣ってお義父さんの仕事ぶりを見ていた。
「ていうかお二人ともお仕事は何時からなんですか? そろそろ出なきゃなんじゃ……」
お義母さんが淹れてくれた緑茶を飲みつつ、平日のこの時間にゆっくりしている二人に声を掛ける。
お義母さんは「今日も仕事がある」と言っていたけど……。
「心配してくれてありがとうねぇ。でもうちは自営業で出勤時間はゼロ秒だから、焦らなくても大丈夫だよ。まだ商品の在庫もたくさんあるし」
「商品?」
「春夢さんが説明しませんでした? うちは今も術師としてお札を売ったり術を直接掛けたりすることを仕事にしているんです」
説明ありませんでした。
「術ってどんなのなんですか?」
「そうだねぇ、うちは術によって受けた傷を治したり、呪いを解いたり、害のある術からその人を守ったりするのを得意としているかな……でも自分ちの呪いはいつまで経っても解くことができてないからなあ。あまり得意と言ってはいけないかもね」
お義父さんは気持ちよく笑いながら水と洗剤と服を大きなタライに入れる。
そして最後に「ほい」と何かが書かれた紙きれを入れた。
紙は水に浸ると同時、じわーっと溶けていく。
「!?」
そして水がぐるぐる回り始めた。洗濯機みたいに。
「これがお札、呪符の効果だよ。うちは独自にアレンジした術も結構あってね。まあその大体はこんな風にちょっと地味だけど」
「いえ、すごいです! けど」
この家に洗濯機はないのだろうか。
顔にそれが出ていたのだろうか、お義父さんは再度笑った。
「いや、いつもは洗濯機を使うんだけどね。いい例になるかと思って」
「?」
なんでわざわざ術を見せられたんだろう?
「桜さんにも呪符を作る練習をしてもらいますからね」
「え」
「当たり前でしょう? いつか呪符を作るのはあなた達になるんですから」
「え?」
お義母さんはお茶を飲み干し「さあ、私たちも掃除しますよ」と立ち上がった。
私も慌てて着いていく。
「あ、あの、私ってもう、ここ永住確定なんですか?」
お義母さんはチラリとこちらを振り返る。
「永住ではありませんが、この家に適合できたらしばらく一緒に生活するという条件を桜さんの両親は了承しました。それは昨日春夢さんに聞きましたよね?」
「それは、まあ、はい」
「霊力がある人はいつ何に襲われるか分かりません。術を覚えるのは桜さんにもメリットがありますよ。私がさっき言ったのは、三ヶ月ほどしたらそれなりの術を作れるようになるということ、そしたら桜さんの作った呪符を店に置きましょうということです」
この人は会ったばかりの他人を色々信頼しすぎではないだろうか。
「……私すごく不器用なんですが」
「それは大丈夫です。私も不器用ですが、すぐ作れるようになりました」
「……へーそうなんですね」
今朝の包丁さばきは絶対器用な人のそれだったんだけど。
お義母さんは相変わらずのポーカーフェイスで、今のが私を安心させるための嘘だったのか、自分がガチで不器用だと思っているのかは分からなかった。
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