第2話-1

 立派なお屋敷なだけあってお風呂も広くてすごかったな。旅館に泊まりに来たみたい。


 私は肩にタオルを掛けて居間の戸を開けた。


「お風呂上がりましたー」


「はーい。湯加減は大丈夫だったかな?」


 優しそうな、というか常にニコニコしている義父、幻夜げんやさんが優しく聞いてきた。


「はい、気持ち良かったです!」


「そうかい、良かった」


 そこに少しツンツンした雰囲気の義母、すみれさんがやってくる。


「桜さん、ドライヤーはそこに出しておいたから、もし使うようだったらどうぞ」


「あっ、ありがとうございます!」


「次私が使うから、使い終わってもそのままでいいわ」


「あ、分かりました!」


 猫目と無表情のせいでツンツンして見えるだけで、普通に優しい人なんだけど。


 和室にドライヤーとか本当に旅館みたいだな、なんて思いながら、私はドライヤーを手に取ると肩に掛けていたタオルを外し……。


 ……。


「なんで普通にここにいるのよ私!」


 本日何度目かの心の叫びを発した。


「じゃ、俺もう部屋戻るわー」


 春夢は私の言葉を無視して立ち上がると戸に手をかけた。おい。


「あ、あんたね、」


「はーるーゆーめー?」


 義父にとっても明るく名前を呼ばれピクッと動きを止める春夢。


「桜さんが混乱してしまうからちゃんと説明しないとダメだと言ったろう? 覚えてなかったのかい?」


 むちゃくちゃ明るく脅……話す義父。


 春夢はしばらくそのまま固まっていたが、やがてわざとらしいため息と舌打ちをすると「おい、こっち来い」と私を呼び寄せた。

 「んだその態度」と思いつつも一緒に縁側に出る。


 私が後ろ手に戸を閉めると春夢は口を開いた。


「俺説明しただろ? もう一回言えなんてダルいこと言うんじゃねえぞ」


「説明がないから今さっき叫んだんでしょうが! 今日ってお見合いだけじゃなかったわけ? お試し期間のことは言ってたけどこんなすぐに……そうよ、私の親にはなんて言ってんのよ! お見合いに行った娘が夜になっても帰ってきてないのよ!?」


 春夢は面倒くさそうに頭をかいた。


「だから言ったじゃねえか。これは正確にはお見合いじゃねえ、うちに合う女を探してただけだって。……あと親の了承なら取ってるから警察沙汰なんかにはなんねえぞ」


「……え?」


 パパ、ママ、聞いてませんが。


 春夢の顔に少し同情の色が浮かんだように見えた。


「……お前もしかしなくても何も伝えられないまま送りつけられたんだな」


 フリーズした私をそのままに春夢は去っていこうとして


「あ、忘れてた」


 と言って戻ってきた。


「ここにいる限りこの外の時代は毎日変化する。『お前の時代』がまた来るのはここで言う五ヶ月後だから」


「……へ?」


 何言ってんのこいつは。てか、それって……


「アホ面しやがって。ほんとお前みたいなのと五ヶ月も過ごさなきゃいけないなんて……」


 嘘でしょ、五ヶ月はここから出られないの!?


「じゃあ、そういうことだから」


 春夢はそう言って今度こそ去っていった。


「……」


 私は義父母におやすみなさいを言うと、当てられた部屋、春夢の隣の部屋に向かった。


 ……もう今日は寝よう。色々ありすぎたせいで脳内処理が追いついてない。


 全ての部屋の入り口は障子であるため、春夢の部屋に明かりが点いているのが見えた。

 何をしているのかと疑問に思いながらも私は自分の部屋に入った。


 春夢の部屋との間は普通の壁で、明かりはこちらに入ってこないようだ。

 それを確認した私はさっさと布団を敷くとすぐに眠りに就いたのだった。


 明日起きたら実は今日の出来事は夢だった、なんてことはないかな、という淡い期待も持ちながら。

 まあ夢じゃないんだろうけど。

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