第4話-1
ある夜、自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていて春夢の部屋が暗くなっているのに気がついた。
「今日はもう寝たんだ、珍しいわね」
たまにはこんな日もあるだろうと私はそのときは特に気にしなかった。
その次の日の朝、春夢は朝食に現れなかった。
さすがにちょっと心配したが、義父母が「またアレだろう」と言って普通にご飯を食べ始めたのを見て、戸惑いながらも私も食卓に着いたのだった。
いつも通り私とお義母さんで掃除をする。
その中で私はお義母さんに
「あの、あの人はどうしたんですか? 二人とも『またか』っていう反応でしたけど」
と聞いてみた。
「春夢さんのことですか? あの子はたまに夜通しで何かをしているんです。大方文献を見ているのでしょうね。そういうときはいつもの時間に起きてきませんから心配は無用です」
「えっ、でも昨日、部屋が明るくなかったんですけど……」
「……? ……ああ、倉に泊まったんでしょう」
「倉!?」
「この家の隣にあるんです。あそこには千崎の先祖たちが書いた記録がたくさんありますから、それを漁っている内に寝てしまったのでしょう。前も同じことがありましたし」
そういえば前に倉の鍵がなんとかって話してた気がする。
お義母さんの反応からして、春夢のことはそんなに心配することではないのだろう。
「そうだ、今日は気温が高くなるそうですから玄関に打ち水をしましょう」
「おーいいですね!」
なんか日本家屋っぽい!
お義母さんが柄杓で水をパシャっとする様子を勝手に想像してみる。
「まあホースで水を撒くだけなのですが」
「……」
風情無いな。確かにそっちの方がやりやすいだろうけど。
「桜さん、頼まれてくれますか?」
「はーい、任せてください!」
ということでお義母さんに言われた通りに家の横に回りホースが付いている蛇口を発見、それを適当に纏めてよいしょよいしょと運ぶ。
ついでに玄関周りの木々にも水をやってほしいと言われているからそれも忘れずにしよう。
蛇口を捻ってホースの先まで移動して待機。裸足で草履履いてるから気をつけなきゃ。
ホースの先を押してピューっと水を撒く。水が朝日でキラキラして、なんだか自然と顔がほころんだ。
って、
「起きたんかい」
春夢が向こうから歩いてきた。
「……倉にいたんだよ。……朝飯ある?」
「とっくにお義母さんが片付けたわよ」
「マジか……めんどくせえ」
そう言って私の横を通って玄関に入ろうとする春夢に私はやはり問いかけた。
「やっぱり何してたのかは教えてくれないの?」
どうせ無視されるだろうと思っていると、しかし春夢は振り向いた。
「だからさあ」
「……うん」
「教えないって言ってんだろうが」
私はホースの先を更にぎゅっと潰して春夢に水を当てた。
「ぶわっ」
「ごめんごめん反射的に」
「全然悪く思ってないよな?」
春夢は溜め息を吐き胸元をゴソゴソ。
ハンカチかしら。意外と几帳面……って、その文字が書いてある紙は
「慎みて玄武に願い奉る、
そう言って春夢が呪符を空中に投げると呪符から私に向かって水が飛んできた!
「ぎゃっ」
可愛げなく叫び、もろに水を被る私。
「よっしゃ! ……ふん、これでお互い様だな」
得意そうな顔をしている春夢にもう一度水を掛けてやろうかとホースを構え直す。
「あ? やんのか? こっちはまだまだ札持ってんだよ!」
……。
「あんた何様だと思ってんのよ! ここに来てから自己中なあんたしか見たことないわ! いいわよ、日頃の恨みと合わせてやってやろうじゃないの!」
沸点の低い私はさっそくホースを左右に振って、春夢が一方向から防げないようにしてやった。
春夢は顔だけ守るようにしてこちらにまた何か呪符を飛ばしてきた。
それをホースで無効にして、ってあいつどこ行った?!
「おりゃあ!」
いつの間にか私の後ろに回り込んでいた春夢は私にバッシャーと水を吹っかける。
見ると春夢はバケツを持っていた。
「どこの水を汲んできたのよ!?」
「術で作ったやつだから汚くない!」
変なところは配慮するのね。
「……え、待って、術?」
ってことは、
「ああ、バケツに無限に水が湧く呪符を貼ってみた」
「やっぱり!」
無敵じゃないの!
攻防を繰り返す中で、私たちにとって喧嘩は一番のコミュニケーションなのかもしれないな、なんて思った。
春夢も同じことを思ったのだろうか、奴は私と目が合うと少年のような顔で笑った。
年甲斐もなくこんなことで盛り上がっていることにか、春夢が水浸しにも関わらず笑っていることにか、はたまたその笑顔を初めて見たことにか――とにかく私も何かがブワーっと込み上げてきて一緒に笑ったのだった。
春夢が玄関前に逃げる。
チャンス、と私は水を噴射した。
しかし春夢は分かっていたかのように横に避け、そのタイミングでドアが開いて……。
「「あ」」
ビシャ
出てきたお義母さんの顔に、水が、かかった。
「……」
「……」
「……」
静寂の中、地面を鳴らす水の音だけがビチャビチャ響いている。
「……二人とも、今少しお時間宜しいですか?」
そんな中発せられた、お義母さんの怖いくらい、いやすごく怖い無機質な声に私たちは
「「はい……」」
と答えるしかなかった。
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