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※
無事食事を再開したリダーに、集落中が安堵に包まれた翌日。ターリクと母は、青の集落へと帰ることとなった。
別れを告げた際、リダーは
砂竜は賢い生き物だ。しかし人間とは異なる。別れを理解できずとも仕方がない。一抹の寂しさを覚えつつ、ターリクは帰路についた。
適度に休息を挟みつつ、集落に帰着したのは二日後のこと。いつもの喧噪が耳に刺されば不意に、胸に大穴が空いたかのような喪失感を覚えた。
叔父がいなくなってしまった。友達になったリダーとも、もうずっと会えないだろう。ターリクはまた、孤独と共に天幕に籠り、弱視の進行により次第にぼやけていく世界に怯えて暮らすのだ。
絶望すら覚えたターリクであるが、その報せは、唐突に訪れた。
叔父の葬儀から何日経ったかも忘れた頃、不意に集落が騒がしくなった。ターリクは灼熱の中に脚を踏み出す。
辺りでは、
首を巡らせ、周囲の様子を覗うターリクの耳に、砂竜の小さな
突然のことに思考が追い付かない。ぼんやりと歪む視界の中、鼻先を突き合わせるような恰好で、砂竜の顔面が迫っている。鱗は赤みを帯びていて、青の集落で暮らす青き砂竜とは一見して異なる体色だ。
「もしかして、リダー?」
まさかそんなはずはないと思ったが、赤き砂竜は嬉しそうに鼻面を擦り付けてくる。間違いない、叔父の砂竜リダーだ。
「どうして君がここに? ……こら、くすぐったいよ!」
くすぐったいというよりも、鼻が擦り切れそうだった。リダーは盛りを過ぎた年頃の砂竜であるが、身体は駱駝よりも大きいのだ。八歳で小柄なターリクなど、丸飲み出来てしまいそうだ。
「こらこらリダー。ターリクを押しつぶすつもりかい」
どこかで聞いたことのある、男性の声だった。確か、赤の集落に滞在している時にお世話になったうちの一人だろう。彼はターリクを助け起こすと、尻に付着した砂を払ってくれながら言った。
「リダーがね、また砂を食べなくなってしまったんだよ」
ターリクは息を吞む。男はリダーの首を撫でて続けた。
「ターリクが帰ってから悲しそうでね、夜な夜な、青の集落がある東を向いて鳴くんだよ。ほら、リダーは君の手から砂を食べていただろう。きっと寂しいんだと思って、連れて来た。そうしたら、この通りさ」
リダーの赤銀色を撫で、ターリクは嬉しさに心が躍るのを感じた。リダーはやはり、ターリクに友情を感じてくれていたのだ。離別が辛くて食欲を失くしてしまうほどに。
早速、集落の端、良質な砂が堆積する辺りにリダーを引いて行く。幼い子供が、巨躯の砂竜、しかも別氏族の個体を連れている様子に、好奇の眼差しが集まった。普段のターリクならば、その気配に委縮してしまうところだが、リダーが一緒ならば、何も怖いものはなかった。
「リダー、ちゃんとご飯を食べないとだめだよ。叔父さんが悲しむだろう」
リダーはしかし、砂に口を付けようとしない。何事かを訴えるようにこちらを見つめ、やがて砂上に伏せた。その仕草に、先日の葬儀の後、砂竜の囲いの隅で蹲っていた姿を思い起こす。
あの時リダーは、ターリクの口から紡がれた物語にじっと耳を傾けていたはず。
気づけばターリクは、リダーの脇腹に背中を預けるようにして腰を下ろしていた。滑らかな砂竜の鱗を撫で、ぽつりぽつりと語り始めた。あの日と同じ、叔父の物語を。
語り切るより前に、リダーは砂を食んでいた。巨大な砂竜の、幼竜のような仕草にターリクは笑みを漏らす。久しぶりに笑ったなと気づいたのは、リダーが食後のげっぷをした頃合いだった。
※
結局リダーは、青の氏族に引き取られることになった。ターリクと引き離そうとするや否や、
通常、砂竜と絆を結び、一対一の親密な関係を築くことが許されるのは、成人だけである。だが、リダーはターリクにしか心を開かない。仕方なく、異例中の異例ということで、リダーはまだ八つのターリクの砂竜となった。
リダーは穏やかな性質で、少し神経質なところがある砂竜である。そこがむしろ、ターリクと気性の合う点であり、絆は着実に深まった。
巨躯にもかかわらず、甘えん坊のリダーは時折、食事を拒んで相棒の気を引こうとした。その度にターリクは苦笑して、叔父の物語をリダーに聴かせた。
時に喜劇調に、時に真に迫る抑揚で。
リダーはターリクの語りに満足すると、やっとのことで砂を咀嚼する。彼女の心を捉える演技ができるまで、ターリクは幾度もそれを繰り返した。
竜は人間とは異なる。人のような高度な感情を持ち合わせているのかは、わからない。しかしターリクは確信していた。リダーには、ターリクの言葉が通じていると。
リダーとの出会いから八年が過ぎ、ターリクは十六歳になっていた。
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