「被害者面していた者たちへの復讐」⑥


 耳をつんざくような銃声に、藤井は思わず足を止めてしまう。しかしすぐに自分の身に起こった違和感に気付く。

 そしてその違和感が何なのかを考えるだけの余裕が、彼に与えられることはなかった。

 その思考を遮るだけの、背中に生じた熱…激痛が、藤井をあっという間に蝕んでいったからだ。


 「は……え、ぇ……?」


 藤井が自分の背中に銃弾が撃ち込まれたことに気付いたのは、銃声が鳴ってから数秒後、背中から途轍もない熱と痛みが発生してからだった。

 あまりの痛みに彼は走るどころですらなくなり、その場でうつ伏せ体勢で倒れてしまう。


 「え、い……ぁ、ああああああ…!?」


 背中を赤い血がじんわり広がって浸食していくという気味悪い感触と、抗えない激痛に襲われて、藤井は意図せずして口から悲鳴を漏らしていた。


 「よう、二年ぶりになるよな、このクソデブ眼鏡ヤニカス。久々にここを通ったわけだが、まさかまたああやって路上喫煙をするてめぇを見る羽目に遭うなんてなぁ。しかもあの時と同じ、今回もてめぇが出した副流煙を吸い込んじまったじゃねーかよ!?

 ざけてんじゃねーぞクソ野郎が!!」


 そう怒鳴って怒りを露わにしながら、カイラは倒れた藤井の背中を踵でドガドガッと何度も踏みつける。加減は一切無く、踏まれる度に藤井の背骨は軋み、それによってさらなる激痛が呼び起こされてしまう。


 「がぁ、あ゛っ、ぎぃうぇああああ゛あ゛あ゛っ」


 背中に命中した銃弾は内臓にまで達していて、さらにカイラに踏みつけられた衝撃も加わったことで、藤井の口から血反吐が大量に出てきて、絶叫も勝手に漏れ出ていた。

 

 (訳が、分からない……!いったいどうして俺がこんな目に遭わないといけないんだ!?しかも相手はあの時…二年くらい前と同じ、突然ここへやってきたかと思えば、いきなり俺を蹴って殴ってきた男じゃないか……っ)


 踏まれながら藤井は朦朧としてきた意識をどうにか保ちつつ、二年前のことを思い出していく。


 (そうだ……あの時も、ここで煙草を吸ってたら何故かブチ切れた様子で俺のところに来て、俺を蹴りつけてきたんだった…。

 こっちが“何で蹴ってくるんだ”って聞いたら、煙草がどうだこうだって訳の分からないことを言って、顔を殴られたんだった……)


 真上から踵で踏まれてしまい、藤井の口から血と悲鳴がさらにこぼれ出てくる。背中から脳へと地獄の痛みに蝕まれてもいる。


 (あの後、この男は傷害罪で逮捕されたって聞いたのに、今日またこうして、やってきたのか…。しかも、あの時よりも酷い、銃で撃ってきた……。

 どうしてここで煙草を吸ってただけで、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ!?何でこいつがまた、襲ってくるんだよ!?しかも、殺す気できている……!

 このままだと、殺されてしまう……っ)


 藤井は自分の身に死が迫ってきてることを悟る。さっきから自分に憎しみがこもった暴力を振るい続けているカイラによって。二年前自分に傷害を負わせたこの狂人に、今度は殺されようとしていることを自覚し、藤井は恐怖せずにはいられなかった。

 自分にまたも理不尽な怒りと憎しみをぶつけにきた狂人と、純然たる死、さらに他のことに対する恐怖が、藤井の全身に重くのしかかっていた。


 そして彼が恐れていたことの一つが、さらに降りかかろうとしていた。


 「——きゃああああ!?あなた、どうしてそんな状態に!?き、救急車と警察を…っ」

 「お、お父さん?どうして地面に倒れてるの?体も真っ赤だよ…?」


 藤井の家族…妻と娘(5歳)が、マンションの部屋から出てきて、彼の姿を見てショックを受ける。他にもマンションの住人たちも出てきて、カイラたちを見て全員顔を凍りつかせる。

 先程の拳銃の発砲音とカイラの怒鳴り声が何度も上がれば、外で何か起きていることは誰でも嫌でも気付く。しかしまさかこんな住宅地でしかも自分たちの住宅前で、こんな血みどろの現場が広がっているなど、誰も予想出来るはずもなかった。


 あっという間にマンション中がパニックに陥り、悲鳴などがいくつも飛び交うようになる。その渦中にいる藤井の家族が藤井に駆け寄って、その体に触れるが、藤井妻は手に付着した血を見て呆然としてしまう。

 

 「………何、これ?どうして……どうして私の夫が、この子のお父さんがこんな姿になって、血をこんなに流して、いるの……?」

 「………っ!(逃げ、ろ……逃げてくれ…!お前と娘とで、この狂人から少しでも遠くへ……今すぐにっっ)」


 自分の身を必死に案じている妻と娘に向かって、藤井は二人でここから逃げるよう、声が出なくなった喉を振り絞りながら必死に呼びかけようとする。


 「あ?てめぇのご家族さんか?そういえば二年前…俺がてめぇをぶん殴ったその日は、てめぇの娘の誕生日だとか何とかだったって、弁護士が言ってたなぁ?そのガキがそうか。ふーん……」


 カイラはどうでもよさげにそう言って、藤井の幼い娘に冷徹な目を向ける。彼に睨まれた幼女は全身が強張ったのか、身じろぎすら出来なくなってしまった。


 「何……何なのあんたは!?どうしてこんなことが出来るの!?うちの夫があんたにいったい、何をしたっていうの!?うちの娘にそんな目を向けないでっ」

 「うるさく吠える奴だなー、てめぇの嫁もよぉ。何をしたかって?俺に有害な煙を吸い込ませたんだよ!俺に健康被害を負わせたから有罪。よって死刑。今からこのヤニカスをぶち殺しまーす。理解できたかぁ?」

 「何、言ってるのよ……あんた狂ってるわ!!」


 カイラの返答に何一つの理解が示せない藤井妻は、彼に対して恐怖と生理的嫌悪を抱くのだった。


 「………っ、~~~!(逃げろ、逃げてくれ!!)」


 早く逃げろと、喉を振り絞って視線だけでもそう訴える藤井。


 「狂っててけっこう。俺はただこいつを殺すだけなんで…!」


 それだけ答えて、カイラは藤井の顔面に踵をめり込ませるのだった。

 メキャ!と、日常では耳にしないであろう、人体の一部が壊れる音が周囲に響いた。

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