「被害者面していた者たちへの復讐」⑤


 カイラが山口将広と遭遇する一週間前。


 自宅から離れたところにあるATMからお金を引き出したカイラは、その帰り道の中にある住宅地と隣接している坂を、自転車で上り進んでいた。

 その途中にある三階建てのマンションの敷地前で、カイラは路上喫煙をしている男と遭遇してしまった。


 名前は藤井太貴。短髪の小太り体型で眼鏡をかけている三十代の男性の彼は、他の人も出入りするマンションの敷地の前で紙巻の煙草を吸って、煙も吐き出していたのだ。その場所を我が物顔で、それが有害な行為であることを自覚してすらいない態度で、堂々と喫煙していた。


 マンションに近づく前から副流煙の臭いを吸い込んでしまったカイラは、この先に路上喫煙をしているクズ野郎がいると確信し、自転車を漕ぐ速度を速めてその元凶を確認しに行った。

 そして案の定、路上喫煙をしていた男…藤井を発見したカイラは、すぐ頭に血を上らせて藤井のもとへ迫り、自転車に乗った体勢で藤井を蹴りつけた。


 藤井にとってはいきなり知らない男に突然蹴られたことで、その理不尽さに彼も怒り、その場でカイラに蹴り返した。

 藤井に蹴り返されたことでカイラはぶち切れて、自転車から降りると藤井の胸倉を掴み、その顔面を二発殴った。

 殴られて転んだ藤井に、カイラはさらにその後頭部に拳を振り下ろし、その後は罵声を浴びせてから自転車に乗ってその場を去って行った。

 

 この時のカイラは、有害な人間をこの手でボコボコにしてやったことに満足し、悦に浸っていた。

 しかしその一週間後、山口に傷害を負わせたことで逮捕されて留置所に入れられていた時に、カイラは山口との件とは別の件で逮捕されることになった。

 罪状は藤井を殴ったことによる傷害罪だった。あの日藤井はカイラに殴られた後、怒り心頭といった様子で警察に被害届を出していたのだ。


 そういった詳細を弁護士から面会を通して聞いたカイラは、藤井に対する憎悪を再燃させたのだった。

 藤井を憎んだ理由は、「路上喫煙をしていた分際で被害者ぶって自分を逮捕させたから」である。


 モラルが欠けてマナーも守らない喫煙者たちを、カイラは人間と思っておらず、彼らに人権なんて必要無いとすら考えている。

 正確には、カイラは自分の前で喫煙をして煙を吸わせてくる喫煙者たちを憎んでいる為、彼らだけを人間として見ることを止めて、モラルが欠けてマナーも守らない低脳な猿たちと見なすようにしている。


 あの日藤井が路上喫煙をしていたのを発見した時点で、彼もその一人として数えられるようになった。彼にならいくらでも殴って傷を負わせて良い、何なら殺しても良いと、カイラはそう認識するようになった。

 藤井に人権は無い、必要無い。彼は自分を害したヤニカスのクズだから。


 そんな藤井が被害者ぶって警察に殴られて傷害を負ったと言ったこと、そのせいで自分が逮捕される羽目になったことに、カイラはひどく激怒し、藤井を全力で憎むようになった。


 (いつか何らかの方法で、あの被害者面したクソ眼鏡のヤニカス野郎を、ぶち殺してやる……!)


 釈放された後も、カイラは藤井をあらゆる手段で殺す妄想を、日常生活の中で何度もするようになっていった……。




 あれから約二年経った今日、カイラがずっと妄想していたことが実現されようとしていた。


 「見えてきた。あのマンションだな………あ?

 この嗅ぎたくないくそったれな臭い………紙巻き煙草の煙じゃねーか…!」


 紙巻き煙草の副流煙が身体を害する有害物質の臭いであると、自身の脳と身体に記憶として刻み込んでいるカイラは、それを吸い込んでしまったことを知って、頭に血が上っていくのを感じた。

 実際、カイラはスイッチが入ったかのように、怒り狂っていた。この先に自分に煙を吸わせた元凶がいると思うと、嫌でも殺意が膨れ上がっていくのを感じていく。

 そしてその元凶が誰なのか、カイラには心当たりがあった。


 「あの野郎……!やっぱりぶん殴っただけで反省なんかしてなかったみたいだなぁ」


 自転車を漕ぐ速度をさらに速める。


 「それもそうか…どうせ何も悪くないとか思い込んでるんだろ、てめぇは。手を出した奴が悪いとしか、てめぇは考えてないんだろうな。

 そうやって周囲に有害物質をまき散らしてやがるてめぇ自身に、非は全く無いと。てめぇは悪いことなんてしていませんと……!どうせ、そういうことしか考えてないんだろうなぁ!」


 坂を高速で下って目的地のマンションに迫ると、その敷地の前に立っている男性がカイラの視界に入る。

 その男はマンションの敷地前で喫煙をしていた。カイラが先程感じた煙草の煙の臭いの元は間違いなくそこである。

 

 そしてその元凶となる男性も、カイラが予想した通りの人物だった。

 短髪の小太り体型で眼鏡をかけた三十代と思われる男性…二年前にカイラに殴られた喫煙者、藤井太貴である。


 「口で言ってもダメ、拳で殴ってもダメってんなら、もうぶち殺すしかないよなぁ?てめぇみたいな低脳のヤニカスに路上喫煙や歩き煙草を止めるよう矯正させる方法なんて、この世のどこにも無いってことなんだろ?だったらもう、物理的に殺すしか、方法は残されてないってことだよなぁ!?

 そしてその役目は誰が果たすのか……この俺だぁ!!」

 

 マンション前で自転車を止めて降りると、カイラは怒りに満ちた声で煙の元凶…藤井に話しかけながら、そこへ一直線に走って行った。

 自分に対して何か怒鳴りながら真っ直ぐ向かってくる男(=カイラ)に、藤井はぎょっとする。そしてすぐに、その男がカイラであることに気付くとさらに驚き、慌てて自分の部屋へ駆け込もうとする。


 「もう遅ぇし、逃がさねーよ!ここで確実にぶち殺すんだからなぁ!!」


 そう怒鳴りつけてカイラは拳銃で、藤井の背中を撃った。

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