「さらなる検証」③


 激情に駆られて冷静さを欠いてるカイラは、もう相手を殺すことしか考えてなかった。カイラが凶器を取り出そうとしてることに、男たちは気付かない。


 「あいつリュックから何か取り出したぞ?」

 「財布でも取り出してるんじゃね?金出して許しを乞うつもりだよあいつ。みっともねぇw」


 仲間たちの憶測を聞いたオールバックの金髪は嘲笑する。


 「自分から喧嘩ふっかけといて命乞いとか、クソダサいにも程があんだろ!ええ?いくら出すんだ?こっちとしては中身全部もらうつもりでいくけどな」


 完全に自分たちが勝者で強者であると思い込んでいた。相手の生殺与奪の権利も自分たちが握っているのだと、思い込んでいた。

 その致命的な勘違いと傲りが、彼らに隙をつくらせてしまった。


 (殺して、やる)


 包丁を握りしめたまま、カイラはオールバックの金髪目掛けて全力で走る。気を緩めてよそ見をしていたことで、相手の男はカイラがゼロ距離まで迫ってきていたことの気付きに遅れてしまい、刃を突き立てられることも許してしまった。

 相手の男の仲間たちがカイラの凶行に気がついた時には、何もかも手遅れとなっていた。


 「殺してやる―――」

 「は―――?」


 グサ……ッ


 オールバックの金髪は、カイラの行動が何だったのかを認識するよりも先に、その身に包丁の刃が深く刺さったことに意識が向けられた。


 「………え?」「お、おい……?」


 地面に血がぼたぼたと落ちるのを見て、男たちは異変に気づき、自分たちの目を疑う。

 彼らも刺された男も、「それ」が起こることに対する意識など、初めからしていなかった。

 彼らにとっても「それ」はあまりにも非日常的であり非現実的でもあり、自分たちの前でまさか起こるまいという前提で日々を生きてきたからである。


 まさか、こんな所・こんな喧嘩で自分が殺されようなど、予測がつくはずもなかった。

 しかしながら彼らのその予測に対する判断は正しかった。彼らは正常の思考をしていた。

 それ故に、こうして命が奪われようとしている。


 「がっ……ごぷっ!?お、め………ぇ」

 「死ねよ、人間のクズ。生きる価値が無いこの世の害虫。クズが。クズクズ、ク~~~ズ!!」


 首を横から刺されて吐血した男は、見開いた目でカイラに何か言おうとしたが、カイラに蹴られると抵抗出来ずに地面に倒れてしまう。

 喧嘩の時はカイラの攻撃を受けても倒れなかったが、首を刺された状態では耐える力など無に等しかった。


 「死ね、死ね、死ねぇ!とっとと死んで消えろゴミクズがぁ!!」


 倒れた男の腹や胸を、カイラは狂った様子で何度も包丁で滅多刺し続けた。

 肉に刃が刺さる度に血が噴き出て、カイラの体や地面に散って付着していく。

 そして相手が絶命した後も、カイラはしばらく刺し続けていた。


 「嘘だろ…!?」「あいつ、たくみの奴を…」「こ、殺しやがったぁ!?」


 たくみという名前の男の仲間たちは、思いもよらな過ぎる事態に呆然としていた。瞳孔が開いたまま微動すらしなくなった仲間、その男から多量に流れ出る血…何もかもがあまりにも現実離れした光景に、頭が追いついていない。


 「あぁ?もう死んでたのか?あぁ、ああ………」


 目を見開いたまま動かなくなった相手を、カイラはしばし放心した様子で見つめる。


 また、殺してしまった。

 昨日に続いて衝動的にまた人を殺してしまった。カイラ。昨日と違っているところを上げるとすれば、今回は凶器を使って殺害したということである。

 昨日よりも、明確な殺意があったと言える。もとより、今回ははじめから人を殺すつもりで外出していたのだから、無意識に手が出た…ことにはならない。

 それでもカイラは今回も、自分がしてしまったことに対して動揺せずにはいられなかった。


 「まじかよ……。俺、こんな短い間で、人を二人も……殺しちまったのか」


 たくみと呼ばれる名の男の血で濡れた包丁を凝視したまま、カイラは立ち上がるもそこから動くことが出来ずにいた。半ば放心状態となり頭の中も空となっていた。


 「………って、呆けてる場合じゃねーよな。今回は敵は一人だけじゃないんだった」


 刺殺されたたくみの姿を目にした通行人たちが驚愕したり腰を抜かしたり悲鳴を和げたりと騒ぐ中、カイラは包丁を手にしたまま、たくみの仲間たちに目を向ける。その目は血走っており、彼らに対しても殺害の意思を向けていた。


 「こ、こっち見てるぞあいつ…!」「まさか、俺らまでやる気か!?」「あいつマジでヤベーよ…!殺しちまってるしっ」


 さっきまでは弱い獲物として嘲笑っていた男たちだったが、人目のつくところで仲間をいとも簡単に殺害してみせたカイラに対して純粋な恐怖を抱いていた。彼に近づいてはならない、関わってはならないと、彼らの中でそんな危険信号が何度も響いている。


 「お前らも同罪だ…!オートバイで道を塞ぎやがって…!俺を嘲笑いやがって…!一人だけじゃあ何も出来ないようなカスどもの分際で、俺を笑いやがって…!全員生きる価値無い害虫だ、殺してやる…!」


 カイラはもはや一人も二人も同じだと言わんばかりに、片っ端から殺すことを決意して、集団に向かって駆け出した。それを見た男たちは悲鳴を上げて、オートバイに乗って逃走しようとする。数では自分たちが勝っていて相手が凶器持ちであろうと有利なはずだが、全員カイラの狂気にふれたことで完全に怖気ついてしまっていた。

 何よりも、彼らはカイラと違って殺人する度胸など全く持ち合わせていなかった。日常的に暴力を振るっている彼らだが、その一線を超えるまでのことをしようとは考えていない。故に彼らは逃走を選んだのだ。


 「やべぇよ!逃げろ!」「たくみは!?どうするんだよ?」「知るか、死んだ奴なんか放っとけよ!」「ひぃい!?こっちに来てる……!」


 一人二人とオートバイに乗ってすぐ道路へ出て逃げるが、カイラの一番近くにいた男はオートバイに乗るも逃げ遅れるかたちとなってしまう。


 グサッ 「ぎぃやああああああ……!」


 肩部分を刺されてしまい絶叫しながらオートバイから転げ落ちてしまう。

 

 「道塞いでる奴が、騒音をまき散らしてる奴が、俺を笑うんじゃねぇ、貶すんじゃねぇ!!」


 グサッ ドスッ 


 転んだ男の腹部に、カイラは包丁の刃を一度・二度と突き立てた。刺された箇所から血が噴き出てきて、新たな返り血を浴びるかたちとなったカイラだった。その光景を見た通行人たちが悲鳴を上げて騒ぎをますます大きくさせていく。


 「はぁ、はぁ………っ。ぁ、あ………殺した。人を、殺しちゃった。今日だけで、ふた、二人……も………っ」

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