「さらなる検証」④
真っ赤に汚れてしまった自分の両手や包丁、自分が着ている服を見て、カイラは気が付けば笑っていた。感情が錯綜とするあまり整理がつかなくなってしまい、どういった表情をすればいいのかすら判断出来なくなっていた。
「あぁ…残りの奴らみんないなくなってら。俺にビビって逃げてやんの。だっせぇ」
殺した二人の仲間たちがオートバイに乗ってずっと離れたところにいるのを確認して、カイラは彼らを嘲笑った。さっきまでは優位に浸って自分を笑っていた彼らが、人が一人、二人殺されたところを見たことで優劣の立場をあっさり逆転させたのである。カイラはそのことがおかしくてたまらなかった。
「はぁ……………って、のんきに笑ってる場合じゃなねーよな」
辺りを見回すと昨日と同じように、多くの通行人たちがカイラを遠巻きに見ていた。戦慄、脅威、嫌悪、好奇心など…様々な感情の視線が、彼に注がれていた。
「これってとっくに通報とかされてんだよな。だったら早く逃げ………」
走って逃げる態勢をとろうとしたところで、カイラは自分に待ったをかけた。
「……いやいや、違う違う。逃げたらダメなんだった。試そうって決めてたじゃねーか。こいつが…こいつの持つ力が変わらず本物かどうか……」
ポケットから取り出したのは、昨日から所有物となっているカード――「殺人許可証」である。今回の殺人についても、このカードを警察官たちに見せることで逮捕を免れるかどうかを試しに来ている。そのことを思い出したカイラは、この場に止まることにした。
殺人現場から全く離れようとしないカイラを、周りの人たちはさらに怪しく思い、危険視もしていた。
そして約三分後、パトカーのサイレン音が現場に近づき、警察が到着した。通報した人物らしき男が警察官たちに駆け寄り、公園のベンチで座っているカイラを指さして教えた。
殺人犯が相手…しかも凶器を手にしていることから、警察官たちは緊張した面持ちで、最大限に警戒網を張りながらカイラのところへ近づいていく。警察官は全員、防刃兼防弾のベストを装備しており、いざという時に対処出来るよう拳銃を撃てるようにもしていた。
「警察だ!男二人を殺害したという通報人がお前を指さしてそう言ってくれてたが、間違いないのか!?」
先頭にいる警察官(やや中年のベテラン)が威嚇するように問いかけると、カイラはゆっくりと頭を向けて応答しはじめる。
「えぇ?ああそうだ、俺がこのゴミクズ二匹を、ぶち殺しましたー」
開き直った態度で、カイラは血が付着したままの包丁を警察官たちに見せびらかすように掲げる。
「お前は包囲されている!直ちにその凶器を地面に置いて、手を上げろ!!」
拳銃を構える仕草を見せて、中年ベテラン警察官は怒鳴り口調でそう警告する。
「はいはい分かったよ。けどなぁ、俺を捕まえようとか、これを見てもまだそう言えるのかぁ!?」
カイラは包丁を警察官側へ投げ捨てて、続いてポケットから例の白いカードを取り出して、さっきと同じように警察官たちに見せつける。
「手を上げろと………うん?あれは、何だ……?」
再度警告をしようとした警察官が、カイラが持つ白いカードを見て疑問の言葉をこぼす。
「何だぁ?よく見えないならこっちに来て、よく見ろよこれをぉ!」
カイラがやけくそ気味にそう指図すると、警察官たちはじりじりとカイラの方へ歩み寄ってくる。そして両者の距離が3m程まで縮まったところで、カイラは大きな声でこう告げる。
「これは“殺人許可証”だ!これを持つ奴にだけ、どんな殺人も許されるんだよ!逮捕出来るものなら、やってみろよぉ!この、公僕どもが!!」
公園中にカイラの焦燥も混じった怒鳴り声が響いた。警察官たちは「殺人許可証」と印字された白いカードをしばしの間凝視していた。
やがて彼らは―――
「……!」「ぐ…!?」「その、許可証は……」
それぞれ似たような反応を顔に出したのち、発砲準備していた拳銃に安全装置をつけ直して、武装を解いていった。
(………!)
殺人犯を前にした警察官たちのらしからぬ行動に、今度はカイラが戸惑う番となった。
「………この男を殺人容疑で逮捕することは、出来ない。署に戻って、上にこの件を報告するぞ」
この中のリーダー格である中年の警察官がそう告げると、残りの警察官たちはそれに従って拳銃をしまって、カイラの包囲も解いた。
(やっぱりマジか、マジなのか……!?)
またも起こったとんでもない結果にカイラが驚愕する中、警察官たちは公園から立ち去ろうとしていた。ただ中年の警察官だけは、カイラに対して一瞬だけ、仇を見る目を向けたのだった。
そしてカイラを殺人の容疑で現行犯逮捕することなく、警察は現場から去ってしまった。
「………」
しばし呆然とするカイラ。
「……………」
しばらくその場で立ち尽くす。
「………ガチじゃねぇか」
そしてぽつりとそうこぼすと、体を震わせはじめた。それは恐怖というよりは、歓喜に近い震えだった。
「ガチだ、ガチだった……!この許可証を見せれば、人を殺しても逮捕されずに済んだ…しかも二度もっ!
もう間違いねぇじゃねーか…!」
本当は外出する前から確信はあった。昨日の最初の殺人で、カイラには「殺人許可証」の権能が本物であることを信頼している節があった。
今日また人を殺しても、「殺人許可証」があれば逮捕されずに済む。無罪に終わる…とも、外に出る前からそんな期待を抱いていた。
そして今、二度目の殺人をして、それでも逮捕されなかった事実を前にして、カイラは完全に確信した。
「こいつは本物だ!これがあれば俺は、どれだけ人を殺しても許される存在になれるんだぁ!
まじヤベー!まじすげぇ!何だよこの神アイテム!?
こいつのお陰で俺は…俺はぁ………」
―――世の中のムカつく奴ら、憎んでいる奴らを殺し放題だ
「……はは。ははははは――――っはははははははははははぁっっ」
今日の出来事をきっかけに、桐山カイラは自分の人生が大きく変わろうとしていることを実感した。そしてその通りにしてやろうという決心もした。
「――“殺人許可証”で、ムカつく奴ら全員ぶっ殺してやる」
カイラの心の箍が完全に外れた瞬間だった―――
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