「さらなる検証」①
あの後カイラは買い物に行くこともなく、自宅へ帰った後そのまま塞ぎ込んだ。朝から何も食べていないカイラだったが、非日常過ぎる体験をしたことで空腹すら気にならない状態となっていた。
気を紛らわせようとパソコンを開いて何か動画を再生するが、内容は全く頭に入ってこない。画面に流れ込む映像を漫然と目で追うカイラの思考はしばらく停止したままだった。
夕方、日が沈んで部屋がさらに暗くなったことで、カイラはようやく立ち上がって何か思考し始める。
「………いつも通り、俺はこうして部屋にいられてる。さっき、道の横断歩道で人を一人、殺したってのに」
脳裏によぎるのは、今日の昼頃の出来事。真夏の日差しが照る暑い中、カイラは自分の通行を妨げた車に怒りをぶつけ、それを運転していた男に殺意を覚え、そしてその気持ち通りの行動を起こして、相手を殺してしまった。
「……こんな白いカードを見せただけで、警察どもは俺を捕まえずに帰って行きやがった」
帰る時にポケットにしまっていた「殺人許可証」を取り出して、その裏面をまた確認してみる。三度目となる「殺人許可証」の説明をまたじっくり読んでいくが、内容は同じのままである。
『この許可証を持つあなたには、人を殺す権利が与えられます』
「―――っくくくくく…?何だよそれ。俺一人にだけ人を殺すことが許されるって、おかし過ぎるだろ。ぷははっ、ヤバ過ぎ………!」
昼頃に確認した時は恐怖を覚えたカイラだったが、三度目の今では笑いがこみ上げてきて、堪え切れずに噴き出してしまう。
「でも……既に一度経験したけど、やっぱりまだ信じられねーな。明日、ここに警察が来て、逮捕状突きつけてきて俺をとっ捕まえるんじゃねーかって、そんな最悪な想像が浮かんで止まねーよ」
夜時間になってようやく空腹を自覚したカイラは、今さら買い物に行くのも億劫に思い、部屋にあるものだけで済ませることに。白米を炊いて茶碗一杯に盛ったものだけとなったが、今のカイラにはそれでも十分な量だった。
ただ、塩や醤油をかけていくら味付けをしても、食べたものの味をあまり感じることが出来なかった。
(………明日、また外に出てみようか?それで、また人を殺してもみるか?今日みたいにクソムカついた奴をぶっ殺してみて………それで警察が来て、俺を逮捕するかどうか……………)
家事をする気など一切起きずのカイラは食器を台所に雑に置いて、電気を消して布団に入って寝ることにした。明日また人を殺してみようかなどと、常軌を逸した思考を浮かべるのだった。
翌日、カイラが目を覚ました頃には空は既に沈みかけていた。昨夜眠りについてから半日以上経過していたことになる。
「………眠れたもんだな。疲れ過ぎてる時はぐっすり眠れるか全く眠れなくなるかの二つになるんだけど、今回は前者だったらしい」
寝汗を流すべくシャワーを浴びるも、カイラの頭の中はもやもやしたままで全くさっぱり出来ずにいた。
「あーあ。外に出たくねーよ。昨日みたいなクズとまた遭遇するかもしれないのに。いちいちクソムカつく気分にさせられるっていうのに。そいつを殺したいって気持ちにさせられて、でもそれをすると俺の人生が終わ―――」
そこまで考えを口に出したところでカイラは言葉を途切れさせる。
「終わ、る……?そうだったか?昨日、本当に人を殺した俺は、その後どうなった?俺はどうしてこんなところにいられてる?いつもと変わらない生活が出来ている?
それは偏に、あの白いカードのお陰だ……」
布団の傍に置いてある「殺人許可証」を拾って、握りしめる。これがあれば人を殺しても罪にならない……カイラの頭ではそれが何度も囁かれていた。
「………次これを見せて警察どもを撃退出来たら、完全に信じてやるよ」
そうして着替えを済ませたカイラは、「殺人許可証」を所持してまた外に出ることを決心する。今度はリュックを背負った状態でいる。中には財布と商品を入れるトートバッグ、そして……一振りの刃物が入っていた。
外は夕方の時間帯というのもあって暑さは幾分落ち着いている。真夏の熱い日差しにさらされることもなく幾分過ごしやすい気候となっているが、カイラにとってはあまり関係ないものだった。
「全く知らない他人がいる……そいつらを目にするだけで気が滅入ってくる」
時々ふらついた足取りで歩くカイラは、自分が今いるところがどういうところかに気付く。
「昨日、ここで俺は……」
そこは昨日の昼、カイラが初めて人を殺した場所…例の横断歩道だった。ここに彼が殺した男の死体も血の痕も既に消えていた。まるでここで殺人事件など無かったかのように思わされるくらいに、何も残っていなかった。
「お前みたいなゴミ人間に、花の一つも手向けられたりはしないだろうな。だってゴミだから」
侮蔑を含めた笑いをこぼすカイラは、今度は横断を邪魔されることなく道を進んでいった。
その後行きつけのスーパーにて食料を何日分かを買い込んで、リュックに詰め込んだカイラは、さっさと帰って引きこもろうと帰路につく。「殺人許可証」の権能を試したい気持ちもあるが、それ以上に自分が嫌な気持ちになるのを避けることを優先とした。
そんなカイラの思惑はまたも邪魔されることとなる。
「…ちっ。んだよあいつらは」
歩行者の道にオートバイが乗り上げられており、その傍では若い男たちがたむろしている。ジュース缶や携帯電話を手に雑談している。彼らのせいでカイラがいつも通る道が狭くなっている。人一人がギリギリ通るくらいの幅しか空けられていない。
「……………(ムカムカ)」
この時点でカイラの怒りは沸点に達しようとしているのだが、さらなるストレスが彼に襲い掛かる。
道路側からやかましい音が連続で鳴り響き、一台のオートバイがたむろしている男たちへ近づいていく。仲間であることに違いない。
「うるせぇな…っ」
なおもオートバイをやかましく鳴らし続ける男に、カイラはさらに苛々する。自分の通行を妨げるだけでなく、不愉快な騒音まで聞かせる集団に、やがては殺意まで覚え始めるのだった。
「昨日に続いて何だよこれ……。だから外は、ストレスなんだよ…!」
我慢の限界といった様子で、カイラは相手の排除に移ることに。道の隣にある植え込みに紛れている中々のサイズの石を拾う。
「うるせぇんだよ、デカい音を鳴らしてんじゃねぇ!!」
そしてオートバイを鳴らし続けてる男目掛けて、石を思いきり投げつけた。投じられた石は男のヘルメットにガンと直撃した。
石を当てられた男は当然、石を投げたカイラの方へ顔を向ける。一緒にいる仲間たちも石を投げたのがカイラであると気づくのに、時間はそうかからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます