「最初の殺人」③
警察官たちの行動に、野次馬たちは呆気にとられる他なかった。カイラ本人も同様で、頭の中の整理に追われていた。
「は……?いや、マジ?これ…マジなの、か………?」
自分を野放しにしたまま遠ざかっていくパトカーを見つめること数秒。自分は逮捕されなかったということの理解が次第に追いついていき、自覚し始める。
「どう…して………いや、そんなの決まっている。こいつの、力だ」
さっきからずっと右手にある白いカード…「殺人許可証」に目を落とす。落とさないよう力を少し入れて握りしめているそれを直立体勢の目線にまで持ち上げて凝視する。手にしっとりと滲む汗を無視してカードの裏に印字されてる箇所に目を通す。
『これは “
この許可証を持つあなたには、人を殺す権利が与えられます』
(―――)
『この許可証を持つ者によるいかなる殺人も、全て“合法”となり、世界中全ての国でもそれは適用されます』
(――――)
『あなたが殺人を犯して、国の警察組織や自衛隊、FBI等といった組織に逮捕されそうになった時は、この許可証を彼らに提示して下さい。この許可証が全て、あなたの殺人罪を不問としてくれます』
(―――――)
部屋で見た通りの内容に、何度も目を通す。
『この許可証を持つ者によるいかなる殺人も、全て“合法”』
「俺の殺人が、全て合法………」
『逮捕されそうになった時は、この許可証を彼らに提示して下さい。この許可証が全て、あなたの殺人罪を不問としてくれます』
「警察の連中は、俺を逮捕することが出来なくなってる………………」
―――この許可証を持つあなたには、人を殺す権利が与えられます
「―――俺だけ、殺人が許される世界になってやがる……!」
導き出したこの事象のことを、カイラは空を仰ぎながら口に出した。一秒毎にその意味を理解していき、最初に込み上がってきた感情は、恐怖だった。
「……先に手を出したのは俺で。主観的からでも、俺が加害者ってことが言えてるわけで……。なのに、俺はこうして無罪放免になれてる…?」
今ので自分は本当に、このまま無罪を通すことが出来るのか、カイラはまだ「殺人許可証」を信頼し切れていなかった。
「とりあえず、俺はとんでもない物を手にしてしまった、ということだけはよく分かった」
真夏の暑さと非日常の体験とで汗だくになっていたカイラは、シャツで顔の汗を乱暴に拭いつつ、頭の中もどうにか整理していく。幾分か落着きを取り戻したところで、カイラは周りにいる野次馬たちに目を向ける。
殺人を犯したにも関わらず、警察に連行されることなく何事もなかったかのようにしているカイラに対して、野次馬たちが次々に疑問の声を出していく。
「な、なんであいつは逮捕されてないんだよ!?」
「警察あの人に手錠かけようとしてたよね?なのにどうしてそのまま捕まえなかったの!?」
「おかしいだろこんなの!あいつ人を殺したんだぞ!捕まえなきゃダメだろ!?」
「警察どうしちまったんだよ!?どうなってんだよ!?」
「ていうかあいつやべーよ。人を殺しておいて、笑ってやがるぜ………」
誰もがカイラがここにいること…警察に逮捕されなかったことをおかしく思い、憤ったり恐怖したりしていた。中には自分が殺人犯であるカイラを取り押さえてやると飛び出そうとする者もいたが、周りに止められる。
「………あァ、うるせーな。関係無い野次のゴミどもが」
騒がしい周りにカイラは鬱陶しそうに見回して、野次馬たちのもとへ近づく。彼らは一斉に後ずさり、カイラを危険な猛獣として見て距離をとる。そんな彼らにカイラは「殺人許可証」を見せつける。
「はいこれ。これは“殺人許可証”っていって、これ持ってる人間だけ、人殺しする権利を持つらしいよ。だから俺はあいつらに逮捕されずに済んでる(俺もまだ確証は無いけど」
カイラの説明を聞いた野次馬たちは再び騒然とする。誰もがカイラの言葉を信じようとはしなかった。
「そ、そんな馬鹿な話があるわけないじゃないか…!」
「うるせーな。俺だって本当はまだ信じられない気持ちなんだよ。けど、事実俺はこうして無罪放免になってんだろうが」
野次馬に応答しながらカイラは未だに道端で転がっている車を運転していた男の死体に近づき、その体に足を乗せる。
「あ………!?」
「この、交通ルール・マナーを全く守らなかった人間のクズを殺しても、俺は警察に逮捕されなかったんだよ!」
乗せた足で何度も死体を踏みつけて笑う。それはまごうことなき死者への冒涜にあたる行為。しかしカイラはそんなことに対して一ミリの罪悪感も抱かなかった。
「とにかく俺は今日、このクソ野郎を殺しても捕まらなかった!せっかくだから、お前らの誰かも殺してみようか?それで俺が逮捕されるかどうか試してやるよぉ」
カイラがそんな発言をして野次馬たちを脅しかけてみると、彼らはカイラを恐れてその場から逃げ出していった。中には悲鳴を上げる者もいた。
「………この許可証の権能は、本物だったのか」
自分以外誰もいなくなった道の中、カイラは「殺人許可証」を見て再び鼓動を早めるのだった。
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